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萩の街並み

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テーマ : レトロを巡る旅
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雨の津和野

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山口 長府市の街並み

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津山-町全体が箱庭のような美作の城下町

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旧出雲街道沿いに歴史的な街並みが、ほぼ原型に近い形で残されています。町全体があたかも箱庭の博物館のようで、本当にタイムスリップしたかのようです。もはや解説はいらないでしょう。戦災を受けなかった日本の街は、これほどまで端正で美しかったのかと。。。津山は文人の出身地としても知られ、上の写真は江戸時代の洋学者であった箕作阮甫の生家で、一般公開されています。内部は典型的町屋の作りで、奥行きが深く天井が高い。千本格子と2階の袖壁が特徴。
箕作家はもとは近江の五個荘の出身で、後に美作に移り住み、阮甫の曾祖父の時代から医家を営んでいました。阮甫は藩医について蘭学を学び、後に江戸に出て幕府でも要職に付き、ペリー来航の際には外交文書の翻訳などにも携わったとか。まさに洋学の街、津山です。
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旧出雲街道の津山宿は、津山城を境に城東界隈と城西界隈に分かれています。ここは城東界隈の大曲。城下町のため、このようにクランク状の武者隠しが設けられています。
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城東界隈の勝間田町。かつての町人町で、ひなびた感じではありますが、古びている印象がかえってリアルで、味わいがあります。人工的に修景せずとも、本来の姿のままでエイジングを重ねていけばよいのですから。
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2階の窓まわりの桟を白しっくいで塗り固めた家のある一画。2階の階高も大きく、千本格子の家並みとは印象がかなり違います。こうした意匠のバリエーションが、ひとつの宿の中でどのように形成されていったのか、考えてみるのも面白いかも。
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外構がれんが造、建物が和風入母屋という和洋折衷の不思議な建築。近づいてみると、「津山洋学資料館」とあります。洋学は江戸時代の近代化に大きな役割を果たし、津山からは多くの洋学者を輩出した。大正9年、妹尾銀行の建物として建てられ、その後は第一合同銀行・中国銀行津山東支店として使用されていました。
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西新町の大隈小路に面した町屋の妻壁には、水切瓦が設けられています。といっても、土佐のそれのようにダイナミックなものではなく、いかにも装飾というイメージ。とてもおしゃれで、センスの高さを感じます。
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和洋折衷の建物。現在は「河野美術館」になっていますが、かつては医院か何かだったのかも。
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奈良市の奈良町で見かける「身代り猿」は、庚申さんのお使いの猿を型どったお守りで、魔除けを意味し、家の中に災難が入ってこないように災いを代わりに受けてくれます。津山にもそういう民間信仰があるのかわかりませんが、美しい街並みに身代り猿はとても似合います。

■岡山県津山市■
文字通り、中国地方の政治経済の中心で、交通の要所。太平洋側、日本海側いずれに出るにも、津山を中継するといってもおおげさではない。津山城の城下町で、津山城址(鶴山公園)桜と紅葉の季節は、その美しさに目を奪われる(に違いない)。出雲街道は市内を東西に横切っている。歴史的な街並みは城東界隈に、寺町は城西界隈に多い。旧梶村家住宅の「城東むかし民家」は、一軒の価値あり。
文化人や芸能人を多く輩出し、オダギリジョーや、B’Zの稲葉クンもその一人。出雲街道沿いの「稲葉薬局」を訪れるファンの姿は今も絶えない。

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新庄-がいせん桜の並木に溶け込む出雲街道の宿

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この新庄宿を彩るのは、何と言っても、この「がいせん桜」をおいてありません。宿のほぼ全区間、道の両側に一定ピッチで植えられています。花見の季節には、さぞかし絶景が見られ、家々の前では宴が盛り上がることでしょう。
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だいたい、人工的な並木というものは日光街道の杉並木に代表されるように、いわゆる一里塚のような意味で設けられることが多く、近代の日露戦争後のこととはいえ、このように宿場に桜並木を設けた事例は、全国的にも珍しいのではないでしょうか。開国間もない日本がロシアという大国との戦争に勝ち、さぞめでたかったのでしょうが、その記念が桜並木とは、なかなか粋なことをしますね。
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道の両側には堀割が設けられ、清らかなせせらぎが心地よく、見れば鯉の姿もちらほら。赤い石州瓦と深い軒先、桜並木とともに、新庄宿の美しい街並みを構成する3要素です。桜並木が作り出す光と影の紋様が美しい。
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雲州候本陣。松平出羽守は参勤交代の際、新庄宿のある御茶屋がお気に入りで、通行のたびに毎年昼休みをされました。この御茶屋は、1666年には松平家指定の御茶屋となり、1757年には本陣に格上げされて以後は、お茶だけでなく、宿泊もするようになったとか。

■岡山県真庭郡新庄村■
出雲街道きっての難所である四十曲峠を控えた宿場町で、江戸時代の最盛期には100軒の家々が軒を連ねていた。鳥取県の米子市から岡山県の津山市をつなぐ、国道181号線沿いの、鳥取県境の近くに位置している。 道の両側を彩る桜並木は、日露戦争勝利の記念に植えられたもので、その名も「がいせん桜」。新庄宿と日露戦争にどういう関わりがあるのか、定かではないが。
江戸時代に作られたという石造の堀割に清流が流れ、現在も生活用水として役立っている。このせせらぎは、平成8年、環境庁により「日本の音風景100選」にも選ばれている。想像するだけで、清らかな音が聞こえてきそう。

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古民家での晴耕雨読な暮らしに憧れる軟弱な熊谷都民。

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