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横浜大桟橋国際客船ターミナル

写真を整理していたら、横浜大桟橋国際客船ターミナルの写真が出てきました。3年前の撮影です。もう何度か行っているのですが、行くたびに強い印象を受けます。

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東急渋谷線と相互乗り入れしている、みなとみらい線のみなとみらい駅で下り、山下公園までテクテク散歩します。本当は馬車道駅や日本大通駅のほうが近く、みなとみらい駅からはけっこう距離がありますが、港の風景を楽しめるし、近くは近代建築の宝庫で、いろいろな発見があって、遠足気分で楽しいです。寄り道ばかりで、なかなか目的地に到着しません。

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横浜港は現在は美しく修景が整備されていますが、こんな『過去の遺産』もところどころに残されています。明治維新の頃から外国との貿易や交流の玄関口となり、戦後は米軍に長いこと接収されていた横浜港。そんな歴史の生き証人みたいな感じがして、シャッターを向けました。

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さて、大桟橋です。広角で無理に全景を写すと、こんな風になってしまいます。島みたいに見えちゃうんですね。やはり、ランドマークタワーなど高層ビルの上から、空撮のイメージで撮らないと、全景はうまく撮れないようです。

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ターミナルへの入口です。鯨が大きな口をあけているようなイメージです。

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デッキに上がります。デッキはすべて、南米産のイペという木材が使用されていて、耐久性に優れているそうです。竣工当初はもう少し茶色っぽかった記憶がありますが、だいぶエイジングが進み、灰色がかっています。
カメラを持った女の子が一人佇んで、じっと遠くを見つめています。この奇妙キテレツな構造物と対峙して、一体何を想っているのでしょう。

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三次元に波打った形状で、まさに山あり谷あり。迷路を歩いているような感じです。水平面が知覚できないので、ちょっと走ったりすると、バランスを崩したりします。平衡感覚がビミョーに狂ってくるのかもしれません。一瞬、荒川修作さんの「養老反命反天地」などの作品を思い出したりします。

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芝生では、家族連れがのどかにくつろいでいます。和やかですね。
さて、内部に足を踏み入れてみましょう。

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とにかく、普通に水平・垂直という要素がほとんどありません。床も壁も手すりも、みな波打っています。そもそも、床と壁の区別がつかないのです。

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大ホールの天井です。ちょっと暗くなってしまいました。
無柱のただっ広い空間で、天井が凝っています。

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こんな感じで、とにかく複雑な納まりです。メーカーさんも職人さんも現場監督さんも、とにかく大変だったことでしょう。

この構造物は、1990年代の後半に国際コンペを行い、日本人の偉いセンセイ方をおさえて、スペインの若手建築家(当時30歳そこそこでした)が優勝して、設計を手がけました。当時、その斬新なというか、奇抜なデザインを見た人は、一体どうやって作るのだろうと疑問に思ったはずですが、日本の構造デザイナーなどとコラボレーションし、ゼネコンも技術の粋を結集して、原案に忠実につくりあげてしまいました。すごいことですね。普通にやってできる構造物ではありません。
最新のコンピュータ技術と泥臭い職人技を総合したという点では、ランドマークタワーなんぞより、よっぽどすごいのでは?と思ってしまいます。

今後何十年にわたり、横浜のシンボルとして、いつまでもここに佇んでいてほしい。世界に誇れる文化遺産(あ、まだ遺産じゃあないけど)ですから、もし戦争になっても爆撃しないで欲しい(笑)
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テーマ : 建物の写真
ジャンル : 写真

大宰府の九州国立博物館

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2004年、東京国立博物館・京都国立博物館・奈良国立博物館に次いで4番目の国立博物館が九州の大宰府市にオープンしました。九州国立博物館。建築家 菊竹清訓大先生の設計で、太宰府天満宮と隣接して建てられています。菊竹先生は、この大宰府の生まれだったのですね。
この九州国立博物館の完成予想図を目にしたとき、正直驚きました。巨大な大屋根を架けたガラス張りの建物で、まるでプールか空港ターミナルのように見えたからです。国立国会図書館関西館、仙台メディアテーク、国立新美術館。。。公共建築でも建築家の取組み次第でこれほどまで変われるものなのですね。

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大宰府へは、天神から西鉄大牟田線に乗り、乗換えを含めて30分弱でしょうか。駅を下りると、太宰府天満宮への参道が駅前から続いていて、道の両側に土産物屋がぎっしり並んでいます。5分ほど歩くと、大宰府天満宮です。参拝を済ませた後、おみくじを引き、そして九州国立博物館へ。
天満宮の右側には小さな遊園地があり、その先に博物館へと上がるエスカレータの入口があります(博物館は斜面の上のほうにあります)。したがって、太宰府天満宮を参拝した後、美術館の全景をほとんど目にすることなくエスカレーターで機械的に運ばれてしまう動線になっていて、入口の手前まで上がって初めて、美術館とご対面します。私は博物館の全景が見たかったので、エスカレータは使わず、裏手に回って徒歩で上がりました(大した坂でもないので)。
下から見上げると、大屋根のブルーが青空とシンクロして見えます。最初は、ずいぶんどぎついブルーだと思いましたが、現地で見ると、不思議と周囲の景観と調和して見えます。この大屋根のなだらかなラインは、周囲の山々に溶け込ませることも意図していたのでしょう。
そして、到着。大きさに圧倒されます。持っていたデジカメで全景は撮れませんでした。サッカー場がすっぽり入ってしまうほどの大きさなのですから、無理もありません。
冒頭の写真は、博物館のHPからお借りしたものです。

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内部に足を踏み入れた瞬間、そこは大きなアトリウム。チケットを購入して右側に進むと、3・4階の展示室へと向かうエスカレーターがあり、全面ガラス張りの妻面に沿って上がっていきます。このガラス壁はダブルスキン構造で、内部には冷媒が循環していて、ところどころ換気スリットが設けられています。一年を通じて一定の温湿度を維持できるように、機械設備だけでなく建築的な工夫が随所に施されています。

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九州国立博物館の内装は、木がふんだんに使われています。天井には間伐材が一定ピッチで配され、行灯のようなガラス内壁の上部には集成材の太い架構が組まれています。そして、展示空間も床・壁・天井が木という徹底ぶり。ちなみに、お手洗いも木の内装で、とても美しい(写真を撮りたかったのですが、ひっきりなしに人が出入りしていて撮れませんでした)

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階段の途中からホールを見下ろしたところ。ホールに展示されている巨大な博多祇園山笠の頂部が映っています。こんなに大きなオブジェが街中をねり歩く様は、さぞ勇壮なことでしょう。

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階段の途中から3階の展示室入口を見上げたところです。4階が常設展、3階が特別展でした。

「アジアと日本の交流」というテーマで構成されているので、その方面に興味のある方は、ぜひ一度、訪れてみることをお奨めします。



大都会のオアシス-アクロス福岡

ヒートアイランド対策などもっともらしい理屈をつけて、屋上や壁面を緑化する建築がやけに増えていますが、補助金を当てにした中途半端な緑化とは一線を画し、気合の入りまくった究極の緑化建築ともいうべき建築が博多にあります。
『アクロス福岡』-かねてより見てみたかった実物にお目にかかる機会に恵まれました。

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不夜城の中洲も、一夜が明け、つかの間の落ち着きを取り戻したところでしょうか(近くには、橋の欄干にもたれかかったまま爆睡しているお兄さんもいましたが)。さて、中洲にかかる橋のたもとから対岸を見ると、川沿いの料亭の裏側にはサラ金やらホテルやらがびっしり立ち並んでいて、その谷間に、そこだけ森のように見える箇所があります。あれ何だろうって感じですね。

ちなみに、このスポットからは、こんな光景も目にします。

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そう、かの著名なイタリアンアーキテクト、アルド・ロッシがデザインした「ホテル イル・パラッツォ」です。15年たってもまったく色あせない秀逸なデザインが、無神経な看板で殺されてしまっています。悲しいの一言。まったく看板製作業者のセンスを疑う(君だって一応デザイナーなんでしょ?)

さて、本題のアクロス福岡に戻りましょう。橋を渡り、建物に接近すべく歩いていくと、やがて運河にぶつかり、そこから建物の全景が目に飛び込んできます。

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ひな壇のようにセットバックが連続し、そのすべてが緑に覆われています。中央には半円筒形のアトリウムが緑の間から顔をのぞかせています。そう、橋の上から見えた緑の正体は、これだったのです。
建物全体を覆うほどの豊かな緑に覆われた建築を目の前にして、しばらく考え込んでしまいました。なかなか言葉に出来ない、圧倒的な存在感が迫ってきます。

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記録的な暑さだった2007年。東京も暑かったですが、福岡は湿気のせいでしょうか、ねっとりするような暑さでした。でも、アクロス福岡のそばに佇んでいると、不思議と暑さを忘れるような気がしました。理屈だけでは説明できない、緑の効果というものを感じます。
カラスが巣を作っているのでしょうか、頻繁に「離発着」を繰り返していました。

そして、さらに近づいて見上げてみると。。。

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まるで山を見上げるような感じです。本当に自然の山のように見えるのです。山登りが趣味の私は、思わず本能的に登りたくなってしまいます。実際のところ、設計者(日本設計・竹中工務店JV)は、地上1階から13階までのヴォリュームを自然の山のようにつくろうと、「天神岳」と呼んでいたそうです。
1995年の竣工当初の写真を見ると、コンクリートのひな壇に植物が植えてあるという感じでしたが、今は緑に覆われてコンクリートはほとんど見えません。デザイナーが構想した、天神岳ならぬ緑のピラミッドは、10年の歳月を経て、ほぼ完成の域に達したと言えるかもしれません。

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内部に入り、ガラスのアトリウムを下から見上げたところです。ガラスの外側に植栽が見えますね。

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ただ、ちょっと気になるシーンも発見してしまいました。1階、つまり最下層のステップガーデンから、水が染み出しています。
この建物の排水は、最上部に降った水が土を浸透し、一段下のステップガーデンへと伝っていき、最下層から排水される仕組みになっているので、下部に行くほど排水の負担が大きくなります。
緑化の大敵はやはり排水で、どこかで詰まってしまえば、水はどこか弱いところに逃げ道を探し、そこから流れ出てきます。打放しコンクリートは実に美しく打たれていましたが、いくらコンクリートを密実に打設しても、排水圧にはかなわなかった、のでしょう。補修せずにいるところを見ると、これもまた、『緑と水と共生する建築』のひとつの姿なんだよ、ということなのかもしれません。

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アクロス福岡を見るには、天神駅が便利です。西鉄天神駅前の大通りをまっすぐ進むと、じきに両側のビルの間から、その雄姿が突然現れ、圧倒されます。都市の中の緑のピラミッド、まさに百聞は一見にしかず、でした。


消え行く建築たち

CASA BRUTUSの最新号、必見です。
これから消えていく(であろう)建築を特集しています。
そのひとつに、中銀カプセルタワーがあります。

黒川紀章さんといえば、国立新美術館よりも、中銀カプセルタワーのほうが強烈な印象が残っています。銀座の片隅に、奇妙キテレツな建物があるのを知ったのは高校生の頃だったでしょうか。

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首都高速に面した立地。全景を収めるのに苦労します。

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見上げるとこんな感じ。鉄骨という樹木にPC製の鳥かごがくっついているイメージ。

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カプセルの「プ」の字の○が取れてしまっています。なんか悲しい。

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1階にカプセルが置いてあって、中が見える。狭くて窮屈そうだなあ。こんなところに住めるのか? 

どう贔屓目に見ても、未来の住宅などというイマジネーションは沸いてこなかったけれど、メタボリズムというシステムが革新的だったのであって、デザインとしては裸の木に巣箱をたくさんくくり付けた様な印象だった。でもって、なぜ印象に残ったのかを考えてみると、多くの建築が「美」を考えて作られるのに対して、純粋に機能やシステムを追及した結果として生成されたデザインであるから、でしょうか。機能のあいまいさをデザインで誤魔化すのではなく、純粋機能主義がひとつのデザインとして成立するということを感じたわけです、たぶん。それか瀬取り壊されるというのは、アスベスト云々いうのは抜きにして、
単に「古くなったから」ということだけでしょう。建築が取り壊されるのに、それ以上の理由は必要ありません。新しく建てられる建築物が、取り壊される建築物より価値が高まった事例というのも、あまり聞かないような気がします。そういう国なのですね、日本は。

それから、上野の不忍池のほとりで、12年間にわたり、不釣合いな姿をさらし続けてきた「ソフィテル東京」。菊竹センセイ、米子の東光園と違い、こちらは明らかに失敗作だったように感じるのはなぜでしょうか。

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取り壊されるソフィテル東京

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米子の東光園

ソフィテルって、中銀とデザインが似ているような感じもしないでもないですが、取り壊しが決まり、逆に何となくほっとするというのも、不思議な感覚です。風景論からアプローチできるのか、難しいですが。

建築の取り壊しとは、言って見れば、建築に対する『死刑判決』です。被告人でもないのに、一方的に死刑を命じられ、控訴も上告も出来ないというのは、理不尽なことこの上ありません。せめて、『法廷』の場で客観的に評価が下される条件下であってほしいと願う。しかし、所詮は私的所有権の対象でしかない建築物。風景の基本要素である建築の運命は、所有権者のフィロソフィーや気まぐれ、そして懐具合であっさり決まってしまうのですね。

ただし、中銀を残せば世界遺産になるというのは、いくらなんでもなーという気がする。確かにメタボは日本独自の運動でしたが、メタボというシステム自体は、変化し続ける時代に対応して、新しい形で生き残っていけるわけで、システムを具現化した結果に過ぎない中銀をあえて残さなければならない、という理屈にはならないのでは?

壊される前に、カメラをもって写真を撮りに行こう。



国立新美術館

国立新美術館

今日、黒川紀章設計の国立新美術館を見てきました。オープンして日が浅いこともあり、また話題の建築だけあって、多くの人たちがカメラ片手に見に来ていました。これだけ多くの人たちに関心を持ってもらえる建築って、幸せだなと思います。外装は曲面のガラスカーテンウォールで、特別に黒川さんらしさを感じさせるものではなかったように思いますが、そのスタンスというか、風景の中に溶け込んで輝いている姿がとても素敵だった。圧倒的な存在感で威圧するのではなく、風景の一部として融合させる。これは難しいだろうなあと感じた。
実は、新しいカメラを購入しました。CANONの一眼レフデジタル「30D」。念願だったのですが、ついに購入しました。国立新美術館は、初めての撮影でしたが、一眼レフデジタルはデジタル以前の一眼レフのレンズを使えるため、TS-E24をはじめ、デジカメに移行して使用頻度が減っていたレンズをもう一度、フル活用できるのが最大の魅力。でもって、さっそく。TS-E24を装着して全景を撮影しました。なかなかよい。感激です。まだ使い方をよく覚えていないのですが、WB(ホワイトバランス)やA-DEPあたりの機能を使いこなせれば、素人なりに多少、幅のある写真が撮れるかも、なんて気がしてきました。これからの撮影が楽しみです。

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古民家での晴耕雨読な暮らしに憧れる軟弱な熊谷都民。

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