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「神去なあなあ日常」的世界と、広島土砂災害

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三浦しをんさんって、実に変わった作家だと思う。林業なんて、女性にしたらもっとも遠い職業のひとつのはずなのに、その世界にどっぷりと浸かり、林業で働く人たちの姿、日常の暮らし、心情、心の機微を、生き生きと描き出す。単に取材力に秀でているだけでなく、その世界に溶け込んで一員になり切らなければ、こういう小説は書けないのではないだろうか。それに、主人公の男の子は、成人前の19歳の男の子なのだから、どんだけ想像力に恵まれているのだろうか、と思う。

映画「WOOD JOB」の原作にもなった本書は、三重県の山奥の山林を舞台とし、山で暮らし、山の神さんに温かく見守られながら、山に生きる人々の生き生きとした姿を描いていく。

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ヘッポコながら、多少は山に登る人間として、「山と暮らす」ことは、憧れでもある反面、怖れ多いことでもある。山で暮らそうと思えば、麓で田畑を耕すか、森に入って林業をするしかない。自然の中で暮らすとは、自然に包まれて暮らすこと。自然の摂理の中で、自分を自然に溶け込ませ、自然の一員として、自然を構成する循環やサイクルの一部になり切ることで、初めて生きていけることになるのだろう。

「山に入るもんは、山の神さんに土地を借りとるんやちゅうことを、忘れてはならんねぃな」

決して、自然を相手に戦いを挑んではいけない。決して、自然を軽視してはいけない。自然の教えに従うこと以外、自然の中で生きていくことはできない。

そんな当たり前のことを今更ながら教えてくれる。
しかし、都会人は、そんな当たり前のことを完全に忘れ去ってしまっているのではないだろうか。

話は変わって、広島市で起きた不幸な土砂災害。
いまだ行方不明の方が土砂の下に眠っておられる。
発生から一週間たつが、瓦礫や流木の量はまったく減っていない。まだ不安定な土砂が上部に残っており、少しの雨で再び土石流になる可能性がある。

なんていうことだ。

ニュース番組のヘリの映像や航空写真で見ると、いろいろなことがわかる。
本当に山の際の縁まで、宅地が広がっていることがわかる。
言葉を変えると、宅地が山を「侵食していた」とも言える。
山林と宅地が、1本の線で隣り合っている。
だが、この1本の線は、人間が人間の都合で、自然の言い分を無視して勝手に引いた、地図上の仮想でしかない。
こんな線は、自然界では何の意味も持たない。
ここから先は宅地だからと、土石流が止まってくれるか?
ひとたび発生したら、行き着くところまで行くしかない。
人間の力で止めることはできない。
あとは、逃げるしかない。

生粋の広島人の方たちは、県土の多くがマサ土で崩れやすいことは、常識として知っていたように思う。
関東人の私だって、それくらいは知っていたわけだし。
他県から知らずに移り住んだ方々が、今回犠牲になられたのかもしれない。
だとしたら、とても悲しく残念なことである。

この地形で、これだけ雨が降れば、何かが起きると考えなかったのだろうか。
土石流は、山の津波みたいなもの。
私たちはあまりに自然を軽く見ているのではないだろうか。

最後にもう一度。
「山に入るもんは、山の神さんに土地を借りとるんやちゅうことを、忘れてはならんねぃな」
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テーマ : 最近読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

舟を編む

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以前、このブログで「森崎書店の日々」という映画を紹介したことがあります。
神保町の古本屋を舞台にした、地味なマイナー映画だったれど、実に濃密な時間と空間が描かれていました。

たとえば、こんな記述。

~この町は、本と同じ。
開く前は静かだけど、ページを開いた瞬間、そこにはとてつもない世界が広がっている。
そして、読み終わえれば、もとの静けさに戻ってしまう。~

「書物」を題材にした映画は、おのずと、書物ならではの濃密さが自然と醸し出されてくるのかもしれません。

さて、この「舟を編む」という映画、気になっていたのですが、なかなか見る機会に恵まれず、このお盆休みにツタヤで借りて、やっと見ることができました。

大きな出版社の中にあって、陽の当たらない「辞書編集部」を舞台にした映画です。
「大渡海」という新しい辞書の編集にすべてを注ぐ人たちの物語が、静かに展開していきます。。
最初は変人の集まりだった編集部員が、次第に気持ちをひとつにしていく。

最初からぐいぐい引き込まれて、あっという間に終わってしまいました。
実によくできた映画だと思います。
演技派の俳優さんを揃えた配役も的確で、個性あふれる登場人物それぞれに明確な役割があり、みな存分に存在感を発揮しています。
三浦しをんさんの原作を読んでみたくなりました。

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ところで、映画で描かれているように、辞書の編集は半端な気持ちではつとまりません。
企画されてから世に出るまで10年20年は当たり前、この映画でも、発案者の「先生」は辞書がやっとのことで出来上がる少し前に、ガンで他界してしまいます。

辞書には「間違い」は許されません。辞書が間違えれば、誤った言葉を世に広めてしまいます。
当然、辞書の原稿は、何度でも何度でも読み返し、この映画でも「五校」まで行っています。
ちなみに、五校というのは、「校正を初校に始まり二校、三校、四校、五校と、計5回出す」ということです。
1000ページを超える辞書ですから、本当に大変な作業です。

私は学生時代、出版社でバイトしてたことがありますが、その出版社の辞書編集担当の方が、自殺してしまったことがあります。
何度修正しても、また修正、また修正、また修正、の繰り返し。
そのたびにレイアウトは崩れ、延々と組版作業の変更が必要になります。
しかも、当時はまだオフセット印刷で、現在のDTPのようにパパっと簡単にはできない時代でした。今の若い人はオフセット印刷なんて知らないと思いますが、「版下」を切り張りする、実に面倒くさい作業でした。少し古めの本で、1行だけ微妙に曲がってたりとか、1文字だけ違うフォントが入ってたりとか、たまにありますよね。

それに、世に出たら出たで、「この言葉の解釈は誤っている」とか「こんな用例は正しくない」とか「今すぐ改訂版を出して修正しろ」とか、いろいろな批判が寄せられて、本当に報われない仕事だと思いますね。批判されることはあっても、「いい仕事をしましたね」とほめられることはほとんどないに等しいのではないでしょうか。

そんなわけで、この映画、辞書作りの現場をどのように描いているのか、見るまではちょっと怖い気もしていました。
でも、そういう辞書の怖さをきちんと描きつつ、それに正面から立ち向かう姿を見せてくれて、いやあ胸がスカッとした気持ちです。
読者に対して「批判があるならどんどん言って来い」みたいな、強い自信が感じられました。
ひとつの仕事を「やり切る」とは、こういうことなのかもしれません。

主人公の口下手な変人「馬締くん」が少しずつだけど男らしく、かっこよくなっていき、しかも、最後の最後まで変人のままだったのが印象的でした。

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それと、いまさらながら、コミュニケーションとは何か、を考えさせられる映画でした。
言葉がなければコミュニケーションは成立しません。
しかし、この言葉ってやつが実に不正確でいい加減で。
映画でもキーワードみたいに出てきますが、「右」とは何か、を説明できるか、と問われて、きちんと説明できる人はいません。
でも、辞書では「右」の説明をしなければなりません。
悩んだ末に、「10という数字の0の部分、という説明はどうでしょう」という先生の意見にうなづくスタッフたち。
言葉を説明するには別の言葉で、そしてその言葉も別の言葉で…ということで、堂々巡りになってしまいます。
でも、私たちはその言葉を使って日々コミュニケーションをするしかありません。

では、仮に、「100%完璧な言語」があったと仮定して、それならコミュニケーションは100%になるか、といえば、決してそうではないですね。
言葉はコミュニケーションの補完手段に過ぎない、ということなのでしょう。

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言葉では決して伝えられないもの、それが一番大切。
その「一番大切なもの」があるからこそ、言葉が生きてくる。
一番大切なことは、言葉では決して伝えられない。
みっちゃん(馬締くん)と、板前の香具也さん(奥さん)のぎごちないやり取りに、それが如実に現れていたように思います。

テーマ : 日本映画
ジャンル : 映画

永遠なる昭和の風景



1963年当時の東京の日常風景を記録したフィルムをyoutubeで見つけました。

1963年と言えば、私が1歳のときの風景です。
思わず引き込まれるように見ました。

当時、カラーフィルムはまだ珍しかったはずです。
実家のアルバムに残されている写真も、当時はモノクロばかり。
父が祖父から譲ってもらった二眼レフのハッセルブラッドで撮った大判の写真。
当時若かった両親や親戚の人たちが、生き生きと映っています。

カラーが出てきたのは、小学校にあがったあと。
しかも、今ほど美しい画質ではなく、大きさも小さくて。

もちろん、赤ん坊のころの記憶は何も残っていないけれど、印象に残っているのは、やはりあの大判写真。
色彩という要素を捨てているのに、あのダイナミックな質感はなんだろう。
モノクロ写真には、カラー写真にはない不可思議な魔力がある、としか言いようがないですね。

でも、まあ、それはそれ。

この動画を見ると、やはり、カラーでなければ感じられない部分がある。

それは、モノクロゆえに、過剰にイマジネーションが働いてしまう部分を修正してくれること。

今の若い人はわからないけど、ぼくたちの年代は、過去の記憶がモノクローム的に存在している。
それは、当時の写真がモノクロームだったことと無縁ではない。
過去の記憶はどんどん薄れていくけど、薄れてはいっても、骨格として残る部分はある。
ディテールの部分が次第にぼやけてはいくけど、全体の構成は崩れない。
印象に残る記憶とは、そういうもの。
逆に、色彩という要素を捨て去ることで、記憶の骨格がより強化されるのかもしれない。

だから、過去の情景を思い起こすとき、記憶の中で骨格に色を付けてディテールを再現していく。
それがイマジネーションというわけで。

要するに、モノクロ写真は、見る側がイマジネーションを掻き立てることを前提としている。
イマジネーションをあまりに駆使してしまうと、本来とは違った、過剰な情景をつくりだしてしまうリスクもある。

だけど、この動画を見ると、
「なんだ、意外に普通だったんだな」
と、妙に納得させられる部分もある。

昭和の時代の、ごく普通の家族の日常生活。

なぜか、ほっとする。

それにしても。
敗戦からまだ20年もたっていないのに、これだけの社会を築いていた日本人。
すごすぎます。
彼らの後輩の一人として、純粋に、彼らを尊敬します。

これから何があろうと、この国は大丈夫さ、きっと。

森崎書店の日々

学生の頃は神保町でバイトしていたこともあって、神保町は庭みたいなところです。
新刊を買うカネがなかったこと、まわりにいた先輩が古本好きだったこともあり、私も古本の世界に引き込まれました。
新刊書の、あのページを開けた瞬間にインクの匂いがプーンと鼻につくのもいいけれど、新刊にはない味が古本にはあります。
ページの端が黄ばんでいたり、ラインが引いてあったり、書き込みがあったり、巻末には署名がしてあったり。
押し花がはさんであったこともあったなあ。
中には、前所有者の髪の毛などが出てきたり。

当たり前のことですが、新刊に近いほど値段は高く、汚れているほど値段は下がります。
ても、古本の「汚れ」って、単なる汚れじゃない、じゃないですか。
その時その時、その本に出会った人たちの思い、感じたこと、印象などが、アンダーラインや書き込み、時に頭髪などの形で引き継がれていく。けっして「汚れ」の一言で片づけられるものじゃありません。

BOOKOFFみたいに、ただ安いだけじゃないねんですね。
神保町には、古書店がたくさん集積しています。
世界一の古書店街と言われています。

そんな神保町を舞台にした映画が、「森崎書店の日々」です。

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会社の同僚の彼氏に捨てられ、深く傷ついた若い女性が、会社を辞め、おじが経営する神保町の小さい古書店の2階に転がり込み、まったく縁のなかった古書店の世界での新しい生活が始まります。
初めて見る古本の山に圧倒されつつも、やがて、目をつぶって一冊を手に取り、読み終わるともう一冊という感じで、次第に本の世界に引き込まれていきます。
人がすれちがうのがやっとの、古書店という小さな舞台で、静かな時間が流れていく。

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この町は、本と同じ。
開く前は静かだけど、ページを開いた瞬間、そこにはとてつもない世界が広がっている。
そして、読み終わえれば、もとの静けさに戻ってしまう。

そんなセリフが、映画の中で出てきます。
なかなかいい表現ですね。

淡々とした映像は、そうした神保町らしさが凝縮されています。
貧乏町などと自虐的に言ったりもしますが(笑)

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おじ役の内藤剛士さんと、めい役の菊池亜希子さん、なかなかいいコンビでした。
撮影に使われた建物は、東京堂書店の裏のあたりにある、戦前に建てられたかなりくたびれた建物ですが、この映画の舞台としてはぴったりだったのかもしれません。
知っている本屋さんがたくさん出てくるので、神保町フリークにはまさに必見の一作です。

公式サイトには、イラストベースの神保町マップが出ています。
おいしいコーヒー屋もたくさんあるし、ちい散歩するにはいいところですよ。

阪急電車 片道15分の奇跡

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阪急電車と言えば、チョコレート色がステータスですね。
マルーン色、あずき色とも呼ばれてるみたいですが、私的にはチョコレート色と呼ぶのがしっくり来ます。
難波から三ノ宮までは、JR、阪急、阪神の3つが並行しています。
いずれに乗るかは、人それぞれだろうけど、私は断然、阪急派、ですね。運賃や到着時間うんぬんじゃなく、どうしても阪急に乗りたい。理由はよくわからないけど、阪神やJRにはない何かがある。

なじみのない土地に行ったとき、旅の印象の中で、どういう電車に乗ったかが占める割合はかなり高いと思います。
阪急のチョコレート色は、とりわけ、旅の記憶の中で強い印象となって残るでしょう。
軽くて燃費のいいステンレス車両が増える中、阪急は昔から変わらない全身チョコレート色の車両で運行しています。仮にステンレス車両にして、チョコレート色の帯を入れたところで、阪急らしさはほとんどなくなってしまう。

こういうアイデンティティみたいなものを発する電車って、関東にはあるだろうかと思ってしまいます。
だって、東京から千葉まで行くのに、JR総武線か京成線かJR京葉線かなんて、別にどれでもいいですもん。

阪急電車、いいですね。すごいです。そのものが映画になっちゃうんだから。「阪急電車-片道15分の奇跡」は、まさに阪急電車を舞台とした物語です。

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なんかほんのりしてて、よかったですね。
めちゃくちゃおもしろかった。

言っときますが、決して「鉄」向けの映画ではありません。

西宮北口駅から阪急宝塚駅までの15分間で、偶然隣り合わせになっただけの見ず知らずの他人同士。

OL、女子大生、女子高生、おばあちゃん、小学生、いろんな年代の人たちが、それぞれ、どうにもならない思いを抱え、でも誰にも理解してもらえず、人に打ち明けることもできない思いを抱いて日々を生きている人たちが、電車でたまたま隣り合わせになる。

そんな赤の他人同士が、ふとしたことから、少しずつ心を開いていく。
人間、何かしらベクトルを発していれば、それを受け止めてくれる人が必ずいるんだな。
何かしら思いを抱えた人間同志なら、ちょっとした言葉を交わすだけで通い合えるんだな。

そんなことを教えてくれます。

あくまで他人なんだけれど、言葉は交わさなくても通じ合う何かがある。けど、べったりはしないという、適度な距離感。。。他人だからこそ、わかりあえる、言い合えることがあるのかもしれません。

見知らぬ人たちの思いが、車両の中で交錯するという設定では、少し前に見た、函館を舞台にした映画「海炭市叙景」も同じでした。
函館名物の市電の中で、それぞれの人生を背負った人たちが車内の空間を共有している。でも、この映画では一緒に乗っているというだけで、お互いの心が溶け合うことはなかったし。
そういえば、南果歩さん、谷村美月さんが両方とも出演しているというのも偶然ですね。

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見ず知らずの人たちが乗り合わせる、電車という空間。
考えようによっては、それは実にすごい空間なのかもしれません。

偶然、乗り合わせた人たちには、皆それぞれ、人生の機微を背負っています。
運命というか、宿命みたいなものというか。
順番に話をしていけば、それぞれの人生の歴史を聞くことができるかもしれない。
もちろん、自分が発するベクトルにシンクロする人は、ほんのわずかかもしれません。
それでも、満員電車で揺られながら、この中に、自分にシンクロしてくれる人がいるかもしれないと思うと、何かほっとするのではないかな~。
逆に、こちらに向かってくるベクトルに気づいてあげなきゃ、という場面だってあるでしょう。

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人間観察が好きという人、多いと思います。
私もそうですが、ヒマな時、カフェに座っていると、道行く人たちが、どこに何しに行く途中なのだろうか、なんとなく気になります。勝手に想像をふくらませたりすることも。
通勤時間が長い(JRに1時間乗りっぱなし)もので、特に4人掛けのボックス席に座った時は、一緒に座った方たちが何とはなしに気になります。

仮に、電車に乗り合わせた人たちを赤の他人じゃないと考えようとすれば、何かこう、とてつもなく、世界が広がるような気がしてきます。
電車という日常を舞台にした、非日常の物語。でも、決して非日常ではない。。。

なんだか、電車に乗るのが楽しみになるような映画でした。


蛇足ですが、さっき記事を書いていて、「15分の奇跡」を「15分の軌跡」と間違えてしまいました。
すぐ直したけれど、考えようによっては「軌跡」でもいいのかもしれません。
15分の軌跡の中にそれぞれの人生の機微が凝縮されている、と考えれば。

2011年公開。
写真は、映画「阪急電車」公式ホームページからお借りしました。
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Author:fabio777
古民家での晴耕雨読な暮らしに憧れる軟弱な熊谷都民。

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