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足袋製造会社がランニングシューズ開発に挑戦 「陸王」

「下町ロケット」に続く地域の中小企業の夢と苦闘を描くシリーズ、池井戸潤さんの「夢王」が7月8日に発売されました。
発売された3日後に書店で買い求め、あっという間に読んでしまいました。
よかったですね。久々に爽やかな読後感を味わうことができました。

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埼玉県北部の行田市は、昔から足袋で栄えた小さな町ですが、かつては足袋の国内生産量の80%を担っていた行田の足袋も、日に日に斜陽化が進み、現在では細々と手作業による生産を続け、かろうじて食いつないでいるような状態。
このままではいけない、と将来を憂いていた足袋製造会社の社長が思いついたのは、足袋でランニングシューズを作る、それも箱根駅伝や元旦の社会人駅伝を走る一流アスリートのためのシューズを開発するという、壮大な夢でありました。
試行錯誤の結果、生み出されたシューズには「陸王」の名がつけられました。

同じ履物でも、足袋とランニングシューズは大きく違います。
でも、履物であるという点では、これ以上ない共通点を持っている、ともいえます。
厚いソールで足を保護しているランニングシューズに比べ、足袋は、「裸足で走る」「自然の感覚に最も近い」履物といえるでしょう。
ここから、アスリートたちが日々の鍛錬を通して追及する「究極の走り」の形を少しずつ製品に組み込み、やがて陸王は次第に形になっていきます。

登場人物が皆さん味があって、個性的で、本当に人間臭く描かれています。
もちろん、さまざまな困難や災難が容赦なくふりかかってきますが、それらを団結心で撥ねのけていく姿が素晴らしいですね。

私は熊谷市の南部に住んでいて、チャリで数分も走れば行田市です。
行田市の書店では、どこも「陸王」特設コーナーが設けられています。
市内のツタヤでは、池井戸先生のサイン本が売られていたので、ついもう1冊買い求めてしまいました。

いろいろ考えさせられましたが、最後に感じたのは「会社は誰のものか」という例の疑問です。
株式会社である以上、会社は株主のものであるのはわかっちゃいるけれど、決してそれだけで終わる話ではない、ということです。
言い換えれば、株主だけでは会社は回らない、ってことです。
すべてが主人公にならなければ、いい事業、いい経営はできない、ということでしょう。

この本、地域の中小企業の首根っこをつかんでいる地元銀行の融資担当者や、中小企業診断士あたりに是非とも読んでほしい。
中小企業や零細企業の運命は、銀行の担当者次第でこうも変わってしまうのだから。
あと、今はやりのブラック企業の経営者にも。

ちなみに、行田市は2年ほど前、映画「のぼうの城」でも有名になりました。
忍城址は公園として整備されていますし、市内には足袋製造会社の蔵がたくさん残されています。
近くには、世界遺産を目指しているらしい「さきたま古墳群」もあります。
静かな田舎町ですが、たまには「陸王」を片手に散策してみるのもいいかもですね。


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定本 日本の秘境

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今にも崩れ落ちそうな石置屋根の民家を映し出すセピア色の写真。
まさに「秘境」とよぶにふさわしい光景といえるかもしれない。

人はみな、「秘境」という言葉の響きに、何らかのセンチメンタリズムというか、ロマンティシズムを感じるのではないだろうか。
それは、どうしてだろう。
毎日電車に揺られ、無機質な都会で大半を過ごしている現代人にとって、「秘境」とは、心の底で、決まりきった日常からの脱出、一種の現実逃避のような衝動を起こさせるのかもしれない。

そもそも、「秘境」とはなんだろう。
かつて大日本帝国陸軍の若き将兵が敗残兵となって彷徨った東南アジアの山深いジャングルは、確かに秘境であるには違いないが、ここで言う秘境とは何か違和感を感じるものである。
秘境とは単に、ジャングルや砂漠のような、人間が住むに適さない場所、を言うのではない。
そうではなく、「人間が入ることを許されない場所」という解釈がしっくりくるのではないか。

廃墟がブームになったことがある。長崎の軍艦島は世界遺産の登録を目指しているというが、捨てられて荒れ果てた廃墟となっている病院やホテル、廃校となった校舎などには、足を踏み入れるということに対して、形容しがたい「恐れ」のようなものを感じずにいられない。

そう、秘境とは、すなわち、一種の「聖域」を意味しているのではないか。

入ることを許されないところに足を踏み入れるという、一種の罪悪感とスリル、アドベンチャー(死語か?)が表裏一体となったところに、秘境という言葉が持つ現代的なニュアンスがあるように思う。


そんな想像をたくましくしながら、表紙をめくる。
筆者の岡田喜秋さんは、日本交通公社の雑誌「旅」の元編集長で、本書は、昭和30年代初めの時期に、日本各地を旅して歩いた紀行文である。1926年生まれだから、もう90歳近い方である。

私が生まれる前の昭和35年にに出版されたものが、このたび文庫本となって再版された。
18にのぼる旅先を、「山」「谷」「湯」「岬」「海」「湖」という属性で整理している。
例を挙げれば、北海道の襟裳、野付、東北の酸ヶ湯、乳頭、夏油、十二湖、七ヶ宿、四国の室戸、佐田岬、山陰の隠岐といった具合である。

ここで、意図的に「旅先」と書いたのは、これらの土地が「秘境」と呼ぶには、何か違和感があるためである。
筆者が歩いた旅先は、いずれも人々が土地に根差した暮らしをしていて、決して人間の住めない土地ではない。
けれど、交通がきわめて不便である、気象条件が厳しい、といった決定的な理由により、その生活や文化はいやおうなく孤立せざるを得ず、中央から、時には地元の中心都市からも遠く隔たれた結果、独自の風土を形成してきた土地ばかりである。
当時、筆者は汽車と路線バスを乗り継ぎ、あとは重いリュックを背負い、地図を頼りに、徒歩で山道を歩き通した。自動車という文明の利器には頼らなかった。
今ではほとんどの集落に電気が引かれ、ランプの宿は観光名物でしかないし、山奥の林道まで舗装され、クルマがあれば不自由しなくなったし、インターネットや携帯電話でいつでもどこでも都会とつながっていられる。これらの地域を秘境と呼ぶのは、いささか語弊があるのではないか。
いや、当時にしたって、彼の地に住む人々にとって、秘境と呼ばれることは決して名誉ではなかったことだろう。

それでも、作者はあえて、「秘境」という言葉で、これらの土地を語る。
そこには、単なる都会人のセンチメンタリズムではなく、自身の目と耳と足で、土地の持つ風土を解き明かそうとする筆者の熱い想いを感じるのである。
秘境とは一種の「聖域」であるということに即して言えば、決してよそ者が足を踏み入れることがない土着の世界に飛び込み、見聞きし、感じることで、土地が発する無言のメッセージに耳を傾け、言語化しようとしたのかもしれない。


昭和30年代はじめの風景は、その後の高度経済成長で、大きく変貌してしまった。
本書の写真がモノクロということもあるが、いかにも秘境という雰囲気を漂わせている。
今だって、モノクロ撮影すれば、そこそこノスタルジーあふれる写真は撮れるのかもしれない。
しかし、当時の意趣あふれる風景が、近代化の名のもとに変貌してしまったことは本当に残念で仕方がない。

そして今、急速な高齢化と過疎化に伴って、近代化とは別の要因で、日本の伝統的な風景が崩れつつある。
何百年という歴史を紡いできた伝統的な集落は、いつしか限界集落となり、やがて廃村となり、人々の記憶から消えていく。廃墟となったかつての集落は、文字どおり秘境と化していく。

国土交通省の試算によれば、今から30年後は、国土の無人化地帯が今より2割程度も増えるらしい。
かつて人々が暮らした痕跡は、風雪とともに消えていき、土に還っていくのだろうか。



日本の風景の原点を思い出させてくれる、素晴らしい本だった。


山と渓谷社 本体950円+税

テーマ : 最近読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

絶望の裁判所

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今週、死刑囚の袴田さんが、再審決定により東京拘置所から釈放されたニュースが日本中に流れました。
一審で死刑判決を受けてから46年という、とてつもない年月がたってからの決定です。
拘置所から出てきた袴田さんは、元プロボクサーだった面影がまったく感じられないほど変わり果てていました。
布川事件の桜井さんと杉山さんは、釈放直後、マスコミのインタビューに答えることもできました。
しかし、袴田さんは認知症と拘禁症がひどく、入院が必要だということです。

一人の人間をこれほどの目に会わせる、日本の司法というものは、一体何なのでしょう。
誤審で無実の人間を死刑にしてしまったら、裁判所や裁判官は、殺人罪に相当する罪を背負うはずではないでしょうか?
日本の司法は、一人の無実の人間を死刑にしたとしても、その一生を台無しにしたとしても、何ら罰せられることはありません。
それはどうしてでしょうか? 一体どういう根拠に基づくのでしょうか?

多くの人は、社会正義を実現する裁判所たるもの、過ちを犯すはずはないと一応は思っています。
しかし、同時に、多くの人が、漠然とした、しかし同時に根源的な疑問を心の底で抱いているのも事実だと思います。
裁判所は本当に正しいのか? 本当に社会正義を実現しているのだろうか?
もし自分が、やってもいない犯罪の被疑者で逮捕されてしまったら、裁判所は自分を助けてくれるだろうか?
もし裁判所が正しくないとしたら、私たちはいったい何を信じればいいのだろうか?

袴田事件再審のニュースが流れる数日前に、書店で購入していたのが本書です。
筆者の瀬木比呂志さんは、裁判所の判事を33年間勤めあげ、いまは明治大学で教職の座におられます。
半分以上読んだころ、袴田さんのニュースを聞きました。

なぜ、再審決定までにこれだけの時間がかかったのか、本書を読むと、その理由がよくわかります。
本書では、判事として33年間、職務に打ち込んできた筆者が、裁判所ならびに判事の実態を「赤裸々に」描き出しています。読むほどに、まさに「絶望」という言葉が心に沁みこんできます。

裁判官の独立は、憲法にも保障されています。
しかし、実際には、裁判官の書く判決のほとんどは、「最高裁事務総局」の意向をうかがいながら、自らの保身を念頭に置いて書かれています。
もし最高裁事務総局の意向に反した判決文を書こうものなら、遠隔地を転々とする「懲罰人事」が待っています。後輩判事に後を越され、侮辱される屈辱に耐えられない判事は、やがて自ら退官していきます。
それだげではありません。退官後に弁護士に転身しても、提起した訴訟でことごとく敗訴を余儀なくされるという、かつての職場からの冷たい仕打ちが待っているのです。
そうやって、判事を締め付け、精神的な自由を束縛し、最高裁の意向に沿う判決を出させる。
それこそ「司法行政」というものの根幹なのですね。
そして、判事は、司法行政を構成する一部品である「司法官僚」に過ぎないということになります。

袴田事件でも、担当判事は、上司から「○○事件は、この方向で行け」と暗に命令されたのでしょう。
その命令に犬のように従う判事は、たとえ判事としての能力が十分でないとしても、上司の評価が上がり、出世街道を上がっていきます。
袴田事件の担当判事は、疑念を抱いていたものの、組織の圧力に屈し、有罪判決を出してしまいました。
彼は、認知症になった今も、当時のことを深く悔いているといいます。
しかし、このような「良心的な」判事はきわめて少数だと思うべきでしょうね。

自らが数十年前に出した有罪判決が覆ろうと、それで良心の呵責に耐えられないようでは、「司法官僚」たる判事は務まらないのですから。
それに、今までの再審裁判で、かつて有罪判決を出した判事のコメントを聞いたことなんて、一度もないでしょ。
無実の人一人の人生を台無しにし、斬首台の一歩手前まで追いやっていたのに、誰一人として責任を取りません。
逸失利益を国家賠償するだけです。それだって財源は国民の血税なわけで、当の判事は罰金ひとつありません。
誰も責任を取らないというのは、官僚制度の本質でもあるわけですね。


では、どうして、再審決定にこれだけの年月がかかるのかということです。
布川事件といい、免田事件といい、甲山事件といい、再審決定にはとてつもない時間がかかりますね。
なぜ、これだけ時間がかかるのか、誰しもが疑問に思っているはずです。
確定した判決を見直すのだから、それだけ時間がかかるのは当然なのだ、そうそう簡単に見直していては、判決の「重み」がなくなるではないか、と社会に対して暗に威嚇しているようにも思えます。

袴田事件のニュースでは、検察が隠していた新証拠が開示された、DNA鑑定の技術が進歩した、袴田被告が高齢化し人道的な措置が必要だった、などの理由があげられています。
でも、これらは表面的な理由にすぎません。

本書を読むと、その理由がよくわかります。
キーワードは「面子」と「人事」です。

判事にとって、自らが出した判決が覆されるというのは、キャリア上で決定的な汚点になります。
当然、その後の出世にも大きく響くことでしょう。
当該判事だけでなく、裁判所にとっても大きな汚点になります。
社会への説明責任を果たさなければならないし、誤審の責任を検察に押し付けるわけにもいきません。
何より「裁判所が過ちを犯すことはない」という社会の暗黙の信頼が足元から崩れることになります。
村木事件に見られるような、検察の汚職はまだいいとして、裁判所は「絶対」的な存在でなければなりません。

組織の意向に反して、裁判所の権威を貶めるような判決を出せば、その判事は左遷を逃れえないでしょう。
裁判所の世界では、組織の意向に反した行為をすれば、必ず陰湿な「報復」を受けます。
再審決定、あるいは無罪判決を出した判事は、以後、何らかの形で「報復」を受けることになるのは間違いありません。
たとえば、司法修習所で自分が教わった教官が出した有罪判決を、教え子である判事が覆す、なんてことが可能でしょうか。ありえないですよね。派閥と徒弟制度が跋扈する医者の世界を思い起こします。
察するに、判事というのは互いに傷をなめあう関係だということなのでしょう。

組織の意向とは、つきつめれば最高裁ですね。
裁判所の見立てが外れ、誤審だとわかっていても、裁判所は判事や検察官など関係者がリタイアするまで再審決定や無罪判決は出しません。
人事面の影響がなくなった時点で、最高裁が「そろそろ出してやるか」という意向を決め、下級審に向けて何らかの「信号」を出す。
下級審はそれを敏感に受け取り、「今度は再審決定/無罪判決で行けそうだ」という方針を決める。
袴田事件の再審は、そんな風にして進んだのではないでしょうか。


時をほぼ同じくして、袴田事件のニュースに隠れるように、別の事件の再審請求が棄却されました。
2000年に仙台の北陵クリニックで起きた「筋弛緩剤混入殺人事件」です。
もっとも、これはクリニックの経営者であった副院長による単なる医療過誤であり、「事件」ではないのですが、なぜか「殺人事件」に仕立て上げられました。当時、クリニックに勤務していた無実のM青年は無期懲役を宣告され、今も刑務所に収監され続けています。
数年前、テレビ朝日の「ザ・スクープ」で鳥越キャスターがレポートしていたのをご記憶の方も多いでしょう。
事件の詳細はこちらをご覧ください。
それにしても、よくもまあ、これだけの「事件」を構成できるものだと、その「創造力」には恐れ入ります。まるでシナリオライターみたいです。

本書を読むと、このM青年の前途が心配で仕方ありません。
誰が見ても無罪にしか思えない事案が、組織の意向で有罪にされていく。
自らの良心に反して(ていうか、もともと良心なるものを持っていない)、組織の意向に沿う判決を出すことをいとわない判事がいて、そういう判事が人事考課で高く評価されるとしたら、裁判の結果は火を見るより明らかですね。何だか恐ろしくなります。
これこそ「絶望の裁判所」そのものではないでしょうか。


ちなみに、本書では、「もし痴漢犯罪に巻き込まれたら、どうすればよいか」が紹介されています。
あなたがもし、満員電車で痴漢に間違えられ、女性から腕をつかまれて「この人、痴漢です」と叫ばれたとき、どう対応しますか? あまり考えたくないですけどね。

答えは、「相手の女性に名刺を渡し、ひとまずその場を立ち去る」です。
なぜかというと、「現行犯逮捕」されないためです。
その場を立ち去れば、少なくとも裁判所から逮捕状が出なければ、当局に逮捕されることはありません。
しかし、現行犯逮捕されれば、恐ろしい代用監獄が待っています。携帯電話や手帳を取り上げられ、連日連夜、厳しい取り調べを受け、職場や家族や地域の人たちの刺すような目線にさらされ続けなければなりません。証拠がないからと言っても、もし被害女性が法廷に出廷して涙を流して訴えれば、裁判官や裁判員の心証に大きな影響を及ぼすでしょう。そうなったら、あなたは無罪で出てくる自信がありますか?

いやはや、恐ろしい。
裁判所に過度の期待をするのはやめよう。
自らの身は自分で守るしかない、これに尽きるようです。


講談社現代新書
2014年2月20日発行

テーマ : 最近読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

東京拘置所の風景

東京都足立区小菅。
今や北東京の一大ターミナルとなった北千住駅から荒川を越えると、その建物は見えてきます。
屋上にヘリポートがある近代的な建物は、ぱっと見、病院のようにも見えます。
この建物、しかし、病院ではありません。
何をかくそう、あの東京拘置所なのです。
もとはといえば、もっとポロっちかったのですが、8年くらい前でしょうか、全面的に建て替えられました。冷暖房完備で快適な反面、「個室」からは外がまったく見えず、屋上にある運動場からは空しか見えません。外界から遮断され、無機的で、精神的におかしくなる人もいるんだとか。

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東武伊勢崎線で北千住駅の次の小菅駅のホームに立つと、日常的に電車が行き来する目と鼻の先に、その「異界」は存在します。
気づかない人にとっては、また興味のない人にとっては、あってもなくても関係ない建物。
日々の暮らしとは隔絶された世界。
下車しても、駅の案内表示に「東京拘置所」の表示は見当たりません。
なんとも不思議です
あるべきではない建物がひっそりと存在している、というべきなのか。。。

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悪いことをして法律に違反すれば、手錠をかけられ、おまわりさんにしょっぴかれて、ここにぶちこまれます。
裁判が確定し、実刑判決になれば、ここから全国各地の刑務所に移送されます。
裁判が確定するまでは、保釈にならない限り、ここから出ることはできません。
あとは、死刑囚も、刑務所ではなく、拘置所に「住んで」います。
先日、第一次菅内閣の千葉法務大臣によって公開された処刑室は、ここ小菅の一角にあります。
なぜ唐突に公開したのか、いまだに深い謎ですね。
何の意味もなかったような。。。


ところが、最近は、何も悪いことをしていなくても、こういう施設に入れられてしまうことがあります。
とてつもなく恐ろしいことです。
厚労省幹部の村木さん、彼女は大阪地検特捜の手により極悪人に仕立て上げられ、半年以上にわたり、大阪拘置所に拘留されていました。

無罪判決が出た直後、大阪地検特捜部によるFD改ざんが発覚し、主任検事が逮捕されるという、わけのわからないことになってしまいました。
一体全体、どうなっているのでしょうか。

そもそも、村木さんのこの事件、当初から無理っぽい雰囲気がありましたね。
検察が筋書きを見立て、そのストーリーに当てはめるように容疑者をしょっぴき、密室でグリグリ締め上げて、都合のよい供述を誘導し、調書を作文してしまう。
同じような体質は、警察にもあるのかもしれないけど、特捜の場合はそれに輪をかけてひどい。
事件を作っちゃうわけだし。
そう、例の「国策捜査」ってやつですね。

この「国策捜査」という言葉を広く世に知らしめたのは、佐藤優さんの功績でしょう。
「国家の罠」をまた、読んで見たくなり、さらっと再読してみました。

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数年前、この本を読んだときにはとにかくショックで、しばらく興奮してたことを覚えています。
佐藤さんと対峙し、本書によっておそらく日本一名の知られた検事さんになったかもしれない、西村検事。
西村さんの言葉が、リアルに再現されていて、特捜という組織の性格がよくわかります。

「国策捜査は『時代のけじめ』をつけるために必要なんです。時代を転換するために、何か象徴的な事件を作り出して、それで断罪していくんです。(佐藤さんは)運が悪かったとしか言えない」

「国策捜査は冤罪じゃない。だいたい国策捜査の対象になる人は、その道の第一人者なんだ。ちょっとした運命の歯車が違っただけで塀の中に落ちただけで、歯車がきちんとかみ合っていれば、社会的成功者として称賛されていたんだ。そういう人たちは世間一般の基準からすると、どこかで無理をしている。だから揺さぶれば必ず何か出てくる。そこに引っ掛けていくのが僕たちの仕事なんだ。だから、捕まえれば必ず事件を仕上げる自信はある」

「万一無罪になっても、こっちは組織の面子をかけて上にあげる(=上訴する)。10年裁判になる。最終的に無罪になっても、失うものが大きすぎる。国策捜査で捕まる人は頭がいいから、みんなそれを読み取って呑み込んでしまうんだ」

「調べ室の中で、僕たちは絶大な権力を持っている。この権力を使って何でもできると勘違いする奴も出てくる。怒鳴りあげて調書を取れば、だいたいの場合はうまくいく。しかし、それは筋読みがしっかりしているときだけにいえる話だ。上からこの流れで調書をとれ、という話が来る。それを「ワン」と言ってとってくる奴ばかりが大切にされる。僕は「ワン」という必ず形で仕事をできないんだ」


裁判官はともかく、検察官の「本音」ともとれる考え方を、しかも取調室での真剣勝負の中で展開された話が、こうして活字になっていること自体、考えてみれば、すごいことだなあと思います。言論の自由が保障された日本ならでは、なのかなと思います。普通の国なら、圧力がかかるのが当然だろうし。
そして、特捜という組織に身を置きつつ、その体質に染まらずに自分のやり方を通す西村さんも、すごいと思う。


こうした西村検事とのやり取りを経て、佐藤さんは、国策捜査の性格を次のようにまとめています。

「国策捜査とは、国家がいわば『自己保存の本能』に基づいて、検察を道具にして、政治事件を作り出していくことだ。冤罪事件と違って、初めから特定の人物を断罪することを想定したうえで捜査が始まるのである」
「だから、国策捜査のターゲットになり、検察に『蟻地獄』を掘られたら、そこに落ちた蟻は助からないのである」


今回の村木さん事件の報道を見ていると、やっぱり国策捜査だったんだな、という印象が強いですね。
ただ、佐藤さんが見立てていたほど「水準の高い」国策捜査じゃなかった。
FDを改ざんしたり、改ざんしたFDをそのまま返却したり、お粗末というよりは、なんか変ですね。
検察ってこんなに軽かったの? って思われちゃいますね。
この際、徹底的に解明してほしいと思います。


村木さんは無事、無罪になったけど、鈴木宗男代議士は塀の中の人になってしまった。
これでもし、鈴木代議士が無罪になっていたら、検察の権威は地に落ちていたでしょう。
だから、村木さんの無罪判決の前に、鈴木代議士の異議申し立てを棄却した、という見方もあるみたいです。
鈴木代議士は、「政治的な判決だ」とおっしゃっていましたが、真実は闇の中。

雨に煙る東京拘置所を遠くから眺めつつ、ここに蟻地獄に落ちた人がいないことを祈りたくなりました。

最後に、鈴木宗男代議士がこういう結末になった原因は、彼の「周囲の嫉妬心に無頓着な性格」が災いしたと、本書には書かれています。これは、佐藤さんと西村検事の一致した見立てです。鈴木代議士は、日ロ友好と北方領土返還という目標に向けて、あまりにもがんばりすぎて、その結果、鈴木氏に権限が集中していくのに周囲がやっかんでいるのを気付かず、無防備な状態で足をすくわれてしまった、ということのようです。こういうのを「脇が甘かった」というのかもしれませんが、鈴木代議士は、テレビや週刊誌が面白おかしく書き立てるような政治家ではなく、とにかく真面目な人だと思うし、日本外交にとって大きな損失だと思います。
鈴木代議士の実刑確定を聞いた政治家たちの多く(日本共産党を除く)は、テレビインタビューで、鈴木氏の実績をあげ、残念だと答えていました。
今となっては仕方のないことですが。。。




トムラウシ山遭難はなぜ起きたのか

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2009年7月13日から17日までの予定で組まれた、アミューズトラベル社主催のツアー登山で、真夏だというのに8人もの方が低体温症でなくなられた、衝撃の事件から1年。いまだに多くの「?」に包まれているこの事故(事故というより、事件といったほうがいいかも)、科学の視点も踏まえて客観的に分析した、待望の書が出版されました。

低体温症と疲労凍死の区別がつくか、と聞かれて、明確な違いを説明できる人は、医者を除いていないに違いありません。いや、医者だってきちんと説明できないかもしれない。一般登山者向けに、低体温症とはどういう症状をいうのか、何が原因でどのようにして発症するのか、応急措置の方法や治療法はあるのか、といった疑問に答えてくれます。山に行く人間は誰もが一読しておくべき本じゃないのかな、と強く思いました。

山岳遭難ライターの第一人者である羽根田治さんが、第一章で遭難の全貌を詳細なヒアリングから再現し、最後の第六章でツアー登山の問題点と今後のあり方についてまとめています。第二章では、ツアーに参加して命からがら生還し、1年の沈黙を経て重い口を開いたガイドの生々しい証言をインタビュー形式でまとめています。
ここだけ読めば、このツアーの生々しい実態を知ることができます。

第三章は気象遭難、第四章は低体温症、第五章は運動生理学の話。ちょっと固めのタイトルですが、わかりやすく書かれていて、データにしても自分の山行に当てはめて実感できるように書かれているので、ちゃんと読めば、とても参考になるのは間違いありません。

いろいろ書いてしまうとネタバレになるのですが、第一印象は、低体温症って思っていた以上に恐ろしいんだな、そして、人間ていとも簡単に死んでしまうんだな、ということでした。重ね着をする、衣服を濡らさない、行動食を摂取する、風雨の強い場所に長時間立ち止まらない、そして何より、悪天候下では行動を慎むこと。。。考えてみれば、いずれも基本中の基本なのですが、「諸般の事情」により、これらの基本が守られないと、悪条件が重なって低体温症になってしまう。トムラウシのような環境で、ひとたび低体温症になってしまったら最後、自分で自分を救う方法はないといっていいみたいです。意識が朦朧としてきて、足がふらついて転ぶようになり、ろれつが回らなくなり、どうでもいいや、と感じ始めたら、もう立派な低体温症。元気な人に支えられて暖かいテントや避難小屋にでも入らない限り、あとは死ぬしかありません。
なんだか睡眠薬自殺みたいだ、と思いました。

事故当日の気象は台風とほとんど同じ、そして、北海道の2000m級は北アルプスの3000m級と同じ。真夏とはいえ、台風の中、北アルプスの3000mの稜線を歩いたとしたら。。。
今回の事故は、それくらいの「無茶」を強行した結果なわけです。

本書を買うときは、このツアーの実態を知りたいという気持ちが強かったのですが、低体温症の怖さのほうがずっと印象に残りました。

ツアーの実態については、新聞や雑誌で書かれていた内容の延長線上で、バラバラだった生存者の証言をつなぎ合わせ、不運にも亡くなられた参加者がまだ生きていた時の様子を再現し、時系列で整理されています。そして、三人のガイドのうち、添乗員でもあった西原ガイド(日本山岳会公認ツアー)は低体温症で亡くなり、一番若い山崎ガイド(自称ポーター)はハイマツの上で意識を失っていたところを翌日に発見され、今回のインタビューで口を開くことになりました。もう一人のカギを握る人物、瀬戸ガイドは本書のインタビューには応じていません。

旅行会社の法的義務については詳しく知らないのですが、今回のツアーで真っ先に法的責任を追及されるのは、当然のことながら、主催者であるアミューズトラベルだとばかり思っていました。しかし、警察が立件を進めているのはガイドだそうです。西原ガイドは死亡し、山崎ガイドはあくまでサブガイドで参加したわけなので、瀬戸ガイドが立件されることになるのでしょうか。彼がインタビューに応じなかったのは、もしかすると、そういう事情があるのかもしれません。しかし、ガイドだけが立件されるというのが本当だとしたら、ちょっと腑に落ちない部分もありますね。

今回の事故の後、アミューズトラベルは、入院中の山崎ガイドを訪ね、「無謀なことはしないでください」というようなことを言ったのだとか。なんだかまるで他人事みたいな口ぶりで、ちょっと唖然としました。
本当だとしたら、おいおい、という感じですね。
責任をすべてガイドにかぶせる気か、と思いました。

ちょっとの悪天候でいちいち停滞にしていたら、飛行機やホテルのキャンセル・再予約などに追われ、旅行会社の利益はそがれてしまうから、旅行会社としては、できるだけ予定通り進めてほしいと思っているし、ガイドにも常々そういうようなことを暗に「におわせて」いるはずです。
普通のパーティなら、リーダーの判断がすべて。でも、ツアー登山におけるガイドは、会社の命令で、クライアントである登山者の命を預かり、山に登らせ、無事に下ろすまでの全責任を負う。普通のパーティのリーダーとは性格がまるで違います。しかも、驚くほどの低賃金。会社に足元を見られてるわけです。こんな低賃金でここまで責任を負わされちゃ、やってられねーよ、というのが本音でしょう。

ガイドの頭には、もし停滞と判断し、天気が劇的に回復した場合、「十分行けたにもかかわらず判断を誤り、会社の利益を損ねた、役に立たねえガイド」みたいなレッテルをはられてしまい、仕事を回してもらいにくくなるのではないか。。。担当者の顔が頭に浮かんだに違いないと思うのです。

今回、新千歳空港で参加者が集合した時のこと。山崎ガイドはこんな証言をしています。亡くなった西原ガイドは「いやなもの引き受けちまったな。受けるんじゃなかったな」とつぶやいていたそうです。それから、ヒサゴ沼避難小屋に泊まったときにも、「こんな山には二度と来たくない」とつぶやいていたそうです。

これは何を意味するのでしょうか。

海外も含め、今まで多くの山岳ツアーでガイドをしてきた西原氏の言葉です。おそらく、主催する旅行会社の姿勢、コースの全容、参加者の経験度や技術レベル、天候、その他いろいろな要因が積み重なった結果、今回のような事態が起きる可能性を予見し、「行きたくない」という感情を最初から持っていたわけです。
なぜ、彼は行きたくないと思ったのか。そこに、今回の事故を解明するカギが隠されているように思います。

裁判でガイドの刑事責任を立証したところで、問題の解決にはつながらないと思います。
いろいろ感じるところはありますが、もうこのへんにしておきましょう。

改めて犠牲者のご冥福をお祈りします。

合掌
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古民家での晴耕雨読な暮らしに憧れる軟弱な熊谷都民。

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