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消え行く建築たち

CASA BRUTUSの最新号、必見です。
これから消えていく(であろう)建築を特集しています。
そのひとつに、中銀カプセルタワーがあります。

黒川紀章さんといえば、国立新美術館よりも、中銀カプセルタワーのほうが強烈な印象が残っています。銀座の片隅に、奇妙キテレツな建物があるのを知ったのは高校生の頃だったでしょうか。

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首都高速に面した立地。全景を収めるのに苦労します。

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見上げるとこんな感じ。鉄骨という樹木にPC製の鳥かごがくっついているイメージ。

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カプセルの「プ」の字の○が取れてしまっています。なんか悲しい。

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1階にカプセルが置いてあって、中が見える。狭くて窮屈そうだなあ。こんなところに住めるのか? 

どう贔屓目に見ても、未来の住宅などというイマジネーションは沸いてこなかったけれど、メタボリズムというシステムが革新的だったのであって、デザインとしては裸の木に巣箱をたくさんくくり付けた様な印象だった。でもって、なぜ印象に残ったのかを考えてみると、多くの建築が「美」を考えて作られるのに対して、純粋に機能やシステムを追及した結果として生成されたデザインであるから、でしょうか。機能のあいまいさをデザインで誤魔化すのではなく、純粋機能主義がひとつのデザインとして成立するということを感じたわけです、たぶん。それか瀬取り壊されるというのは、アスベスト云々いうのは抜きにして、
単に「古くなったから」ということだけでしょう。建築が取り壊されるのに、それ以上の理由は必要ありません。新しく建てられる建築物が、取り壊される建築物より価値が高まった事例というのも、あまり聞かないような気がします。そういう国なのですね、日本は。

それから、上野の不忍池のほとりで、12年間にわたり、不釣合いな姿をさらし続けてきた「ソフィテル東京」。菊竹センセイ、米子の東光園と違い、こちらは明らかに失敗作だったように感じるのはなぜでしょうか。

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取り壊されるソフィテル東京

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米子の東光園

ソフィテルって、中銀とデザインが似ているような感じもしないでもないですが、取り壊しが決まり、逆に何となくほっとするというのも、不思議な感覚です。風景論からアプローチできるのか、難しいですが。

建築の取り壊しとは、言って見れば、建築に対する『死刑判決』です。被告人でもないのに、一方的に死刑を命じられ、控訴も上告も出来ないというのは、理不尽なことこの上ありません。せめて、『法廷』の場で客観的に評価が下される条件下であってほしいと願う。しかし、所詮は私的所有権の対象でしかない建築物。風景の基本要素である建築の運命は、所有権者のフィロソフィーや気まぐれ、そして懐具合であっさり決まってしまうのですね。

ただし、中銀を残せば世界遺産になるというのは、いくらなんでもなーという気がする。確かにメタボは日本独自の運動でしたが、メタボというシステム自体は、変化し続ける時代に対応して、新しい形で生き残っていけるわけで、システムを具現化した結果に過ぎない中銀をあえて残さなければならない、という理屈にはならないのでは?

壊される前に、カメラをもって写真を撮りに行こう。



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国立新美術館

国立新美術館

今日、黒川紀章設計の国立新美術館を見てきました。オープンして日が浅いこともあり、また話題の建築だけあって、多くの人たちがカメラ片手に見に来ていました。これだけ多くの人たちに関心を持ってもらえる建築って、幸せだなと思います。外装は曲面のガラスカーテンウォールで、特別に黒川さんらしさを感じさせるものではなかったように思いますが、そのスタンスというか、風景の中に溶け込んで輝いている姿がとても素敵だった。圧倒的な存在感で威圧するのではなく、風景の一部として融合させる。これは難しいだろうなあと感じた。
実は、新しいカメラを購入しました。CANONの一眼レフデジタル「30D」。念願だったのですが、ついに購入しました。国立新美術館は、初めての撮影でしたが、一眼レフデジタルはデジタル以前の一眼レフのレンズを使えるため、TS-E24をはじめ、デジカメに移行して使用頻度が減っていたレンズをもう一度、フル活用できるのが最大の魅力。でもって、さっそく。TS-E24を装着して全景を撮影しました。なかなかよい。感激です。まだ使い方をよく覚えていないのですが、WB(ホワイトバランス)やA-DEPあたりの機能を使いこなせれば、素人なりに多少、幅のある写真が撮れるかも、なんて気がしてきました。これからの撮影が楽しみです。

人はクルマと共存できるか①

人はクルマと共存できるか。
これはなかなか難しい問題である。
昭和20年代、まだクルマという交通手段を都市が想定していなかった頃、街には信号もなく、交通標識も乏しく、加速度的なクルマの増加とともに、悲惨な交通事故も比例して増えていく。こうして、街には信号や交通信号が増え始め、クルマありきの都市が計画されるようになっていく。小学校の頃は、モータリゼーションなる言葉をよく聞かされた。道や町をクルマ仕様につくり変えることが、モータリゼーションの前提である。かくして、古い建築物をぶっ壊して道路拡張が進められる。道幅の狭い裏道には、クルマがどんどん流入し、子供たちの遊び場も奪われていく。道行く人とすれ違うように、クルマが走り去っていく。
自身もクルマ好きとして、非常に複雑である。お遍路さんが歩いている横をクルマで通り過ぎるとき、とても申し訳ないというか、寂しい気持ちになる。どちらが人間本来の姿か、わからなくなる。
では、街や都市の中で、人はクルマとどう共存すべきなのか。
風景の中のクルマ、という観点もある。
これから少しずつ、自分流に考えていきたいと思っています。




20年ぶりの山登り

学生の頃は何度か山に通っていましたが、社会人になってからは時間がなく、山の記憶は忘却の彼方へと消え去っていました。
しかし、昨年のお盆の頃だったか、電車の中で「ヤマケイ」を読んでいる奴がいました。
そのグラビアをチラッと見た瞬間、当時の感動が時空を越えて蘇り、脳細胞の細部に山の光景がみるみる染み込んでいき、翌日には神保町の「さかいや」でザックやらトレッキングシューズやらをどっさり買い込んでいたのです。

こんな風に書き始めると、次第に椎名誠や沢野ひとしみたいな感じになってくるかも。。。

でもって、学生の頃に感動した谷川岳に再び挑戦しました。
約20年近く前に上った西黒尾根です。確かに楽ではなかったですが、意外に標準時間内で余裕で登れてしまいました。

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山頂からの絶景を愉しみつつ、おにぎりを食べながら、
「なんだ、まだまだいけるじゃないか。。。」
てなわけで、天気もいいし、この後、一の倉岳、茂倉岳、武能岳、蓬峠を経て土樽下山というハードコースを選んでしまったのです。最後の下山が長く、いけどもいけども林道は見えてきません。さすがに全身くたびれ果てて下山したのでした。足はパンパンに張りまくってたし。

クルマに乗ったはいいが、とても東京まで走って帰る気力もなく、湯檜曽温泉の和風旅館の前を通ったとき、ええい泊まっちゃえ、とばかりにアポなしで飛び込んだわけです。

林屋旅館

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とてもアットホームな宿で、大女将はとても気さくで話し好き、若女将はスレンダーな美人で、どうどうと流れ続ける温泉の質は素晴らしく、山と川の幸を部屋まで運んでくれて、部屋からの湯檜曽川の眺めもよくて。なんて居心地のいい宿! というわけで、あっという間にプチ常連になってしまいました(まだ3回しか泊まっていないから、ブチ常連とも言えないか?)
何回泊まれば常連とみなしてもらえるのか、よくわかりませんが。

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林屋旅館の客室から初冬に撮ったショットです。いいですね。川音のせせらぎが最高のBGMです。


ちなみに、湯檜曽は、谷川岳に登る人なら誰でも通るところなのですが、現在の湯檜曽は、けっこう寂れてしまっています。

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昔からやってきた小さい旅館がやっていけなくなってしまったのでしょう。
どこの温泉街でも見かける光景です。
大昔は、本家旅館という大きな旅館があり、谷川岳登山のベースキャンプみたいになってたようですが、その後、本家旅館は団体向けの大型ホテルに転送した挙句、10年くらい前に廃業してしまい、いまでも建物だけが残っています。湯檜曽で元気のいい旅館・ホテルは3~4軒くらいでしょうか。

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右が林屋旅館、左が廃業した本家旅館の敷地です。

それと、改めて気づいたこと。
山に登るには、当たり前だけど、山に行かなければなりません。そして、山にいけば、麓に味わいのある集落が点在しています。
特に谷川山系は群馬と新潟という日本の分水嶺です。新清水トンネルや関越トンネルが開通し、もの10分で抜けられるようになっても、やはり人々の生活を大きく隔てる壁なわけです。
独自の風俗を持つ秋山郷なんかは、その壁がもたらした典型的な集落かもしれませんね。

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初冬の清水トンネルの入口。
上越の山々を抜けて越後に出る、明治生まれの清水トンネルが、ここから始まります。
なんだか歴史の重みを感じます。
単線仕様で、今は下りに使われています。
ちなみに、上りは湯檜曽を過ぎるとすぐ別のトンネルに入ります。
上りの土合駅は日本一のモグラ駅として超有名ですね。


ただ山に登るだけでなく、麓の集落を何気に歩いてみるというのも、いいものです。観光的には何もない集落でも、人々の生活の一端に触れるだけで、何か印象に残るものがあると思いますね。

というわけで、今年はどこに行こうか、オフシーズンの今から、虎視眈々と狙いを定めています。早く春が来ないかな。

テーマ : 登山・ハイキング
ジャンル : 旅行

奥会津-赤い屋根と白い壁が山並みに溶け込む風景

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日光街道を会津若松へと北上します。会津地方の民家は、その多くが真っ赤な亜鉛鉄板張りで、越屋根が屋根のボリューム感と重厚さを高めています。瓦葺の家はほとんどなく、美しい白塗りの立派な蔵と相まって、会津地方独特の民家の形を形づくっていますね。その美しさは、住宅単体としてももちろんなのですが、集落全体を遠景として見た場合、背景の山々と調和して、赤い屋根の連なりが自然と一体となった見事な景観を生み出しているのです。

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芦ノ牧温泉付近。折りしも満開の桜の木々に囲まれて、赤い屋根と白い蔵がミニチュアのように佇む光景は、メルヘンチックで、思わず目を奪われてしまいました。一瞬、日本にいながらにして、異国を旅している錯覚にとらわれそうになりました。白塗りの蔵に書かれた文字は屋号でしょうか。

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瓦葺の重厚さと塗装金属板葺の鮮やかさが調和して醸し出す美しさ。
会津地方の民家を一言で表すと、風格とか格式という言葉がぴったりくるような気がします。特別な素材を使っているわけでもなく、奇抜な形状で目を引くわけでもなく、でも全体として、会津民家のアイデンティティみたいなものが感じられるのはなぜでしょう。

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通りがかりの小さい集落。人の気配はなく、春の木漏れ日の中でしんと静まり返っています。
民家のすぐそばにはお墓が立っています。この光景を目にしたとき、日本的な風景、日本の原風景を見る思いがして、思わず立ち尽くしてしまいました。
何の変哲もないけれど、何百年と続く日本の農村の原風景。
何百年前の景色と現在の生活が同じ空間で共存している不思議、みたいな。

会津の風景は、私を街並み歩きに向かわせるきっかけになりまし。この風景に魅せられて、以後、日本のあちこちを旅するようになったわけでして、そういう意味では、わたしにとって思い出深い、原点のような地なのですね。

テーマ : レトロを巡る旅
ジャンル : 旅行

東京ユビキタス計画・銀座

今日、銀座を歩いていたら、「東京ユビキタス計画・銀座」のデモをやっていました。銀ブラ支援ソフトとでも言うべきもので、今はやりのICタグをいろいろなポイントに埋め込み、それをQRコード対応携帯電話で読み込んで情報を得ることができるというもの。バリアフリー情報、店舗情報、観光情報、ルートナビゲーションなどが得られ、地方から上京してきた人にも、また灯台下暗しの地元民にも、うれしいサービスには違いないでしょう。ただし、現時点ではドコモとソフトバンクだけで、au対応は専用プログラムを開発中。専用の携帯情報端末を借りれば、さらに多方面の情報を得ることができるそうです。
うーん、携帯naviをはじめモバイル機能は高度化するばかり、町中に情報が溢れ、ガイドブックや看板を見ながら街を歩くスタイルは、もう過去のものになっていくのでしょうか。
この技術を使えば、歴史的な建物や建造物にICタグを埋め込み、設計者や建築年、様式、構造形式などの情報を携帯で取り出すということが可能になりますね。登録文化財のようにプレートをはめ込むことは難しくても、お手軽に情報を組み込むことができる。ICタグにはいろいろな可能性があって、上手な使い方を工夫してほしいなと思います。



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古民家での晴耕雨読な暮らしに憧れる軟弱な熊谷都民。

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