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田園に死す

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「書を捨てよ、街に出よう」に続く、寺山修司の監督第二作。青森出身の寺山さんの自伝的な映画です。
ずいぶん昔の話で恐縮ですが、まだ学生の頃、池袋の場末の映画館(おそらく文芸座)で見て、ずいぶん衝撃を受けたものです。
TSUTAYAでDVDがあったので、思わず借りてしまいました。見るのは十数年ぶり、でしょうか。

人はみな、過去の自分を客観的に見ることができません。たいていは、多少美化するか、都合よく脚色するか、もしくは丸めてゴミ箱に放り込むか、あたりが関の山でしょう。
もし、20年前の「私」が突然、目の前に現れたら、どんな対話をするでしょうか。
美化したり誤魔化したり、記憶から無理やり消去したりしていた過去の自分。できればあまり思い出したくない自分。だけど、きちんと対峙しなければ現在の自分の問題が解決できないジレンマ。
映画では、下北半島の恐山を舞台に、中学生だった少年時代の私と、映画監督となった中年男の現在の私が交互に現れ、そして対話します。
寺山さんは映画の中で、20年後の私に「過去の記憶から解放されない限り、人間は自己からは開放されない」と言わせています。だけど、過去から解放されるなんてことは、たぶん永遠にあり得ない。。。
それが、この映画のテーマでしょうか。
いかにも寺山さんらしい自伝の描き方です。
一瞬、三島由紀夫の自伝的作品である「仮面の告白」を思い出したりしました。

そして、この映画の舞台となった霊場、恐山です。比叡山、高野山と並ぶ、日本三大霊山ですね。
わたしも数年前に訪れたことがあります。
マサカリの形をした下北半島の「柄」の部分を北上し、むつ市を過ぎて、恐山を目指します。次第に山道になるにつれて、恐山らしい雰囲気がじわりじわりと出てきます。

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外輪山の峠を越えると、目の前に宇曾利湖が。周囲は荒涼としていて、人が住んでいる気配はなく、神秘的な雰囲気に包まれています。宇曾利湖に流れ込む川には硫黄混じりの黄色くにごった水が流れ、さあこれからいよいよ恐山という雰囲気を盛り上げてくれます。

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そして、映画でも登場する赤い橋が見えてきます。この橋を渡ると、現世から隔離された「あの世」、恐山の霊場です。

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観光シーズンの終わった11月はすでに閉鎖されていて、中には入れないのですが、覗いただけで、「地獄」の雰囲気はひしひしと伝わってきます。
そう、まさに、「田園に死す」の風景そのものでした。
これが、寺山さんの原風景だったのでしょうか。
だとしたら、ずいぶん強烈な原風景ですね。

少年と、父に早く死なれて少年だけが頼りという母親を中心に、空気女や一寸法師がいるどさ回りのサーカス団、少年と駆け落ちしようとして別の男と心中した地主の嫁、赤子を川に流したあと東京に出奔して出戻った謎の女などなど、人物構成のユニークさはまさに寺山ワールド全開。

20年後の私は、少年だった私に、母親を殺すよう命令します。
でも、少年はそのまま東京に行き、戻ってきませんでした。
20年後の私は、仕方なく、鎌をもって、実家を訪ねます。
そこには、当時と変わらない様子で母親が息子の帰りを待っていました。
二人は無言で食事を始めます。
そして、エンディング。
ひなびた古い農家の建物は、直後、新宿駅西口の雑踏に変わります。
街を忙しげに行きかう群衆の中で、黙々と食事を続ける二人。

20年前と現在、そして、恐山と新宿。
そこには、単なる物理量では量れない、時空を超えた何かが存在するのでしょう。


1974年作品
監督:寺山修司
出演:高野浩幸、八千草薫、菅貫太郎、原田芳雄ほか

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テーマ : 最近見た映画
ジャンル : 映画

思わず心を奪われるブルーモスクの風景

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バブル経済以後、日本に流入するアラブ人が急増したことはまだ記憶に新しいですね。コーランの教えに従い、メッカの方向を向いて一日に5回の礼拝を欠かさない信心深い彼らの祈りの場として、都会の真ん中、あるいは片隅にイスラム教の寺院を見かけることがよくあります。街を歩いたり電車に乗ったりしていて、へえ、こんなところにモスクが出来たんだ、と。日本のゴミゴミした街並みにイスラームのモスクはいかにも不釣合いで、違和感が否めないなあというのが実感。なぜ、唐突に、ここにあるんだ、という感覚ですね。どうも、日本や中国といった、漢字文化圏の景観に、モスクはいまいちフィットしないような気がするのは、わたしの思い過ごしでしょうか。

考えてみれば、キリスト教と比べてみると、日本に入ってきてからの歴史の浅さは歴然。かつ、彼らは自分たちの祈りの場を求めているのであって、マゼランのように布教のために来日し多くのキリスト教徒を増やしたのとはわけがちがいます。やはり、モスクという建築はアラビアの風土と調和して初めて、その美しさを発揮できるのではないでしょうか。

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さて、前置きが長くなりましたが、写真はイスタンブールの有名なモスク、ブルーモスクです。あまりの美しさに言葉が出ません。以前から、誰もいない静粛なモスクの中で、一人祈ってみたいという願望がありました。日本のモスクは知り合いでもいない限りちょっと入りづらいし、イスタンブールのモスクは完全に観光地化して、一人で祈るというのはまあ無理でしょう。なぜ、そんな願望があるかというと、モスクという建築には、人という存在を包み込む胎内空間のようなイメージがあるから。人を包み込むのが風景であるとするなら、こういう空間は人間にとって小宇宙であると同時に、風景の原点みたいな感じがします。

キリスト教の教会のように十字架を仕立てた祭壇があるわけでもなく、仏教寺院のように阿弥陀如来やら千手観音やらが鎮座しているわけでもなく、何もないガランとした空間。その壁という壁、床という床には、細かいモザイクタイル画の細工が精巧に、完璧に施されています。一部の隙もない完全な空間、それこそ、ちょっと大げさかもしれないけれど、まさに神と一体になれる空間、なのでしょうね。

おそらく、このブルーモスクの中に一人でいられたとしたら、たぶん一日いても飽きないのではないかと思います。ただそこにいるだけで不思議と心が落ち着き、雑念が消えて無心になれるような気がするし、無心になれることで、逆に次から次へといろいろな想念が湧き出てくるのではないでしょうか。

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柱と梁と壁という空間を仕切る既成の秩序が存在しないのも、胎内空間というイメージの演出に一役買っています。そして、何といっても、その空間装置として、壁や床の、気が遠くなるくらいに精巧なタイルが大きな役割を果たしているのは間違いありません。もしモザイクタイル細工がなかったとしたら、ただの石積みだったとしたら、空間の質は全然違ったものになってしまいます。人間という存在を包み込む胎壁として、完璧なまでの美しさを備えていなければならなかったのかもしれません。

いつか、現物を見に行きたいです。ただし、ツアーじゃなく。。。

【解説】
6本のミナレット(尖塔)を持つオスマン建築で、7年の歳月をかけて1616年に竣工した。モスクは中心のメインドームと4つの半円ドームで構成され、メインドームの高さは約43m、直径約23.5mで、直径5mもある円柱4本で支えられている。これまた超有名なイスラム寺院、アヤ・ソフィアの向かいに立つというから、なんとも壮観である。


プロヴァンスの贈りもの

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ロンドンの金融街シティで辣腕を振るう豪腕トレーダー、マックス。証券取引法に抵触するギリギリの大胆な手法で相場を動かしては巨額の利益を得ていました。少年時代、プロヴァンスのヘンリーおじさんの家で過ごした夏休みの記憶など、とっくに心のどこかにしまいこまれています。
そんな彼のオフィスにある日、一通の封書が舞い込みます。開けてみると、それはヘンリーおじさんの訃報でした。彼はヘンリーおじさんの一番近い親戚なのですが、すでに心変わりしていた彼は、ヘンリーおじさんのことより、ぶどう園付きの屋敷の相続と売却が気になってしまうのでした。
一秒を争う忙しさの中、マックスは地元の公証人と話をつけるために、20数年ぶりにプロヴァンスへと旅立ちます。

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公証人と話をつけ、「物件」の写真を撮ってトンボ帰りするはずのマックスでしたが、何かとハプニングが重なり、一週間ほど現地にとどまることになります。日々よみがえる少年時代の懐かしい記憶、そして美しい風景と新しい出会いが、彼の心を少しずつ溶かしていきます。屋敷の売却に猛反対する頑固な使用人デュフロとヘトヘトになるまでテニスをしたり、携帯で話しながら運転中にあやうく事故を起こしそうになった相手の女性を街のレストランで口説いたり、はたまた実の子と称するアメリカ人の若い女性が突然訪ねてきて当惑したり。。。

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使用人のデュフロがぶどうの木と対話しているのを見るヘンリーおじさんとマックス。コメディアンかギャンブラーになるのが夢という小生意気でこまっしゃくれたマックス少年に、ヘンリーおじさんは「何事もタイミングが大切だ」と教え込むのでした。

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片時も携帯電話を離さないシティの豪腕トレーダーとプロヴァンスの田舎屋敷の対比。おもしろい構図です。この後、古い飛び込み台が折れて(もしくは彼の体重が増えすぎたせいか)、彼は枯葉がうずたかく積もったプールの底に落ち、上がれなくなってしまいます。

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プロヴァンスといえば、マルセイユなど美しい南フランスの風景が目に浮かびます。セザンヌ、ゴッホ、ピカソ、ルノワール、マティス、ゴーギャンなど世界に名だたる芸術家が、この美しい風景に惹かれて訪れたり住んだりしたのですね。
映画が撮影されたのは、ブロヴァンス中央北部に位置するリュブロンにある、「ラ・カノルグ」という名前の実在するシャトーです。また、ゴルド、キュキュロン、ラコスト、アヴィニョン、メネルヴなど、近隣の風景も撮影されたそうです。フランス通の方以外、日本人にはあまりなじみのない地名かもしれませんが、アヴィニョンは中世に教皇庁がおかれていたところで世界史の教科書に地名が出ますし、ラコストは遠藤周作の小説「留学」で「ラコストの城」が出てきます。

携帯電話やスマート(2人乗りの小さいクルマ)がたびたび登場するあたりは、いかにもハリウッド仕込みという印象ですが、全編にわたって流れるプロヴァンスの美しい風景を堪能するだけでも、この映画を見る価値はあるといえるでしょう。

それから、この映画では風景とともにワインが大きな役割を持っていて、ワイン好きにはたまらない映画になっていると思います。ゆったりとした時間の流れに身を任せ、代々受け継がれてきた自家醸造のワインを堪能する生活、うらやましい限りです。

フランス政府観光局のサイトには、この映画のためのページがあります。

監督: リドリー・スコット
出演:ラッセル・クロウ、アルバート・フィニー、マリオン・コティヤール、トム・ホランダー、フレディ・ハイモア
2006年アメリカ映画

テーマ : 最近見た映画
ジャンル : 映画

美しい諍い女

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公開当時は新聞やテレビでずいぶん話題になりましたね。3時間を超える非常に長い映画で、画家がモデルを相手に絵を描き続けるシーンが全体の半分近くを占めるという特異性や、はたまたヘア論議など、いろいろな話題を提供しました。1991年の作品ですから、今からもう17年も前の作品ということになります。ほんと早いものです。ふと見たくなって、DVDを借りました。

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南フランスの古びたシャトーに住む年老いた画家フレンホーフェル。彼は10年前、妻のリズをモデルに、17世紀に天外な人生を送ったという高級娼婦カトリーヌ・レスコーを題材とした「美しき諍い女」を描くも、途中で挫折し、以来10年間、絵筆を執っていませんでした。
そんなある日、若い画家のニコラが恋人のマリアンヌを連れて、彼のシャトーを訪れます。
美しい肢体と人を射るような目線を持つマリアンヌを一目見た瞬間、彼には「美しき諍い女」を再び完成させたいという強い野心がふつふつとわきあがってきます。
ヌードモデルになることを嫌がったマリアンヌでしたが、5日間で完成させることを条件に受け入れることに。そして、老画家と若いモデルの緊張感漂う息詰まるような濃縮した時間が延々と描かれ続けていきます。リズ役のジェーン・バーキン(個人的に大好き)が渋い演技で脇を固めています。

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映画の撮影されたのは、フランス南部の古都、モンペリエの近くにあるchateau-assasという古城です。
「シャトー」は言うまでもなく、本来は「城」を指す言葉ですが、ボルドー地方などでは「ぶどう園」を意味することもあるそうです。城といっても、中世の時代に貴族たちが自然や狩りを楽しむために建てたもので、日本の戦国時代の城のように戦闘や統治が本来の目的ではなかったため、ため息が出るほど美しく、優雅なたたずまいのシャトーがフランス各地に点在しています。
映画は、このシャトーだけを舞台としてストーリーが延々と展開していくので、シャトー選びにはずいぶんと気を使ったことでしょう。フランスにある多くの美しいシャトーと比べると、映画の舞台となったシャトーはいかにも古ぼけていて、意外と言えば意外です。でも、考えてみれば、映画の主人公は老画家とモデルなわけで、シャトーがあんまり美しすぎては困るのですね。

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シャトーはいつ頃の竣工かわからないのですが、とにかく広いです。そして、天井が高くて、特に1階は2階分くらいの階高がありそうです。画家のアトリエは2階のバルコニーを歩いた奥にあり、バルコニーからは広々とした平原を見渡すことが出来ます。もちろんアトリエも広いですが、寝室はやけに狭かったりします。平面図があれば見てみたいな、と思います。
外装も内装も質素で、フランス観光パンフレットなど紹介されている、日本人女性に大人気の「ウェディング・シャトー」などと比べるとイメージがだいぶ異なりますが、一部の歴史遺産的な建築や観光用の建築を除けば、普通のシャトーは、このような建築が多いのかもしれません。画家や芸術家が住むにはいいかもしれないけれど、普通の人が住んでも退屈するだけで、少なくとも日本人向きではないような。。。

原題:LA BELLE NOISEUSE
原作:バルザック
監督:ジャック・リベット
ミシェル・ピッコリ(フレンホッファー)、ジェーン・バーキン(リズ)、エマニュエル・ベアール(マリアンヌ)
1991年フランス映画

テーマ : 最近見た映画
ジャンル : 映画

森林セラピー

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最近、森林セラピーという言葉をよく耳にします。
いったい何でしょう。気にはなっていたのです。言葉として魅力的な響きをもつ反面、イメージ選考というか、なんかもっともらしいような雰囲気もありますよね。

インターネットでは、森林セラピーにはどういう科学的効用があって、どういう実践がなされていて、関係団体はどこそこで。。。と言った情報はすぐに検索できます。なぜか財団法人まで設立されていて、こんな分野にまで官の手が及んでいるのかな、と驚いたりします。

でも、いくらネットサーフィンしたり書籍を読んだりしたって、こればっかりは、自ら森に入らなければ、何もわからないでしょう。

誰もいない森の中の道を一人、歩きます。
木漏れ日に照らされて、森が静かに躍動しています。
時々立ち止まっては、深呼吸し、森の空気をいっぱい吸い込んで。
そして、森のささやきに耳を澄まし、心を開く。
森の中に溶け込むことで、ちっぽけな自己意識が次第に溶解し、森の中に自らが一体化していきます。
森林に癒しの効果があるのは、たぶん間違いないと思います。

木は生きていますから、いろいろなものを発散しています。
目に見えないエネルギーを、わたしたちに与えています。
エネルギーというか、気といってもいいでしょうか。
それが無数に集まったものが森です。
つまり、森はエネルギーや気の巨大な集積体であるわけで。
そこでは、人間の作った言語など、何の意味もなさないのです。

ただ、心を無にして、深呼吸するだけで、何かを感じることが出来る。
自分流に言うと、それが森林セラピーなのかな、という気はします。

実際に鬱病や自律神経失調症がよくなるとか、そういう根拠があるのかはわからないけれど。
外界から取り入れるためには、扉を開かないといけない、ということですね。
取るに足らない自己意識で固められた都会人の意識には、森のエネルギーは最大の栄養源になるポテンシャルを秘めているでしょう。

森林ボランティアの方々と一緒に森を歩くツアーは、単に山に登るだけのツアーとはまったく違う、新しい魅力を教えてくれそうです。道なき道を地下足袋で歩き、急斜面を草につかまりながら、動物になったような気分で、全身で森を感じるという体験、一度してみたいですね。

フィレンツェ・ミステリーガイド

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昔の観光ガイドブックは、カラーページは最初の数ページだけ、中身は白黒で、かなり読みごたえのある記事もあったような記憶があります。でも、最近のガイドブックは、オールカラーでビジュアルになったのに、中身といえばどれも「グルメ」と「ホテル」が主体で、いかに素敵なホテルに泊まり、美味しい料理を食べるかにかなりのスペースが割かれています。大手旅行会社の企画するツアーも、大体それに類したものですね。特にイタリアツアーに関しては、どの旅行会社も、ミラノ・フィレンツェ・ヴェニス・ローマといった、ほとんど同じようなコースをたどるものばかり。もちろんそれも旅の大事な要素には違いないけれど、物足りないというか、あまりにもミーハーすぎるのでは。。。

というわけで、一味違うイタリアツアーを経験したい方に絶好の書を見つけました。フィレンツェに残る数多の歴史的遺産にまつわるミステリアスな世界にわたしたちをいざなってくれます。白亜の乳房、UFOの聖母、古代神のゆくえ、アッペンニーノの巨人、人体解剖の館、ある死刑囚の足跡、光と影の空中回廊、死を巡る、ポルセンナの迷路、聖女の頭、拷問博物館、法廷の箱庭、白い貴婦人、愛しき女。。。見ているだけで、そそるというか、好奇心をくすぐるタイトルがずらりと並んでいますね。興味を持ったら、図書館に直行しましょう。

一応、仏教国の日本人の目に、イタリアのドゥオーモはいかにも美しく映ります。その荘厳さに触発されてか、帰国して聖書を読み始めたりカトリックの教会に通い始める人も少なくないでしょう。そこには、東大寺や法隆寺ではあまり感じることのない琴線を刺激する何かがあるのは間違いないと思います。でも、その荘厳さの裏には、2000年以上におよぶ長いキリスト教の世界が、いかに一筋縄でいかない、不可思議で不可解でおどろおどろしいものであったかという、歴史の真実の一端を垣間見せてくれます。

ま、そんな屁理屈をこねなくても、フィレンツェに旅行する際にはぜひ、スーツケースにしのばせておきたい。本書の導きにしたがって、フィレンツェのミステリーウォークをしてみたい。フィレンツェに行くお金がない人も、インターネットで写真を探索しながら、イマジネーションをふくらまし、旅行気分を味わえること間違いなさそうです。

実はまだ読んでいる途中ですが、面白いので、フライングで書いてしまいました。著者はボローニャ在住のエッセイストで、日本の漫画をイタリア語に翻訳したりしているそうです。文章がとても上手で臨場感にあふれ、読みやすい。学者的でもなく通俗的でもなく、ほどよいテイストに仕上がってます。


市口桂子 著
白水社
定価:2,000円+税


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fabio777

Author:fabio777
古民家での晴耕雨読な暮らしに憧れる軟弱な熊谷都民。

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