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危険運転致死傷罪とは

京都・亀岡の痛ましい事件から2週間が過ぎた。
無免許運転を繰り返した揚句、居眠り運転し、小学生の列に突っ込み、三人を殺した少年たち。
しかし、警察・検察当局によれば、危険運転致死傷罪の適用は難しく、自動車運転過失致死傷罪を適用する方向だという。

今日、京都地検により、被害者向けの異例の説明会が実施された。
危険運転致死傷罪が適用できない理由などを説明したらしい。
ただ、被害者の方々が納得できるはずもなく。。。

そもそも無免許を想定していないなんて、法律の不備じゃないのか?

そう考える皆さんが圧倒的だろうと思う。


そもそも、危険運転致死傷罪とは何だろう。
以下、wikipediaの記述をお借りした。

本罪は以下の行為によって人を死傷させる犯罪である。危険運転致死傷罪は行為の態様により講学上5つに細分されるが、いずれも、その法定刑は同じである。

①酩酊運転致死傷罪
アルコール(飲酒)又は薬物の影響により正常な運転が困難な状態で自動車を走行させる行為
本条文における「薬物」とは、麻薬・覚せい剤などの違法な薬物だけでなく、精神安定剤や向精神薬、解熱剤などの市販されている一般用医薬品および処方せん医薬品などが含まれる。
道路交通法の酒酔い運転罪の規定にいう、「正常な運転ができないおそれがある状態」では足りず、現実に前方注視やハンドル、ブレーキ等の操作が困難な状態であることを指す。
②制御困難運転致死傷罪
進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為
単に速度制限違反であるから成立するものではなく、制限速度をおおむね50km/h以上超えた程度で適用が検討される。
③未熟運転致死傷罪
進行を制御する技能を有しないで自動車を走行させる行為
単に無免許運転であるだけでは足らず、運転技能を有していない状態を指す。運転技能を有するが免許が取り消しか停止になっている状態は含まない(ただし、本罪の他の構成要件に該当することはある)。
④妨害運転致死傷罪
人又は車の通行を妨害する目的で、走行中の自動車の直前に進入し、その他通行中の人又は車に著しく接近し、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為
何らかの理由により故意に「人又は車の通行を妨害する」目的で行った場合。実際には、過度の煽り行為や、故意の行為による割り込み・幅寄せ・進路変更などが考えられる。
「重大な交通の危険を生じさせる速度」とは、相手方と接触すれば大きな事故を生ずる速度をいい、20km/h程度でも該当する(最高裁決定)。
⑤信号無視運転致死傷罪
赤色信号又はこれに相当する信号を殊更に無視し(信号無視)、かつ、重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転する行為
交差交通が青信号であるのに「殊更に」赤信号を無視した場合に適用され、見落とし、誤認などの過失はもちろん、ただ信号の変わり際(黄信号→赤信号へと変わる瞬間、全赤時間)などに進んだ場合などは含まれない。
「重大な交通の危険を生じさせる速度」については前述と同様である。

なお、本罪の構成要件には「過労運転」などは含まれていないが、これらの運転は悪質性の点で危険運転致死傷罪で処罰するのは行きすぎであると考えられたことによる。また、「無免許運転」(一部)や「無保険運転」「脇見運転」「居眠り運転」「持病を有する状態での運転」なども本条の構成要件には含まれていない。ただし、これらの運転が本罪の構成要件に当たらないことについては、一部の交通事故遺族から批判の声もある。また、てんかん患者が持病を隠して免許を不正に取得して運転し、事故を起こした場合などには危険運転罪の成立を認めるべきである旨の運動も遺族団体等によりなされている。



なるほど。

構成要件としてあれもこれもあげてしまうと、すべてが危険運転致死傷罪に該当してしまう。
被害者の加害者に対する処罰感情を考慮するあまり、たとえ比較的軽微な事案でも、必要以上に量刑が重くなってしまう可能性もある。
だから、危険運転致死傷罪の構成要件を、「悪質さ」という観点から、出来るだけ絞り込む方向で検討したのだろう。

で、よく見てみると、判断のポイントは「過失」の範疇ににあてはめられるかどうかによるらしい。

明らかに「過失」による場合は「自動車運転過失致死傷罪」
ただの「過失」では済まされない場合が「危険運転致死傷罪」

もちろん、「故意」があれば、文句なしに「危険運転致死傷罪」ないし「殺人罪」

この場合、「故意」には「未必の故意」も含むものと考えたい。

飲酒運転の場合、「事故を起こして人を轢いても構わない」と思って運転する者はいないだろう。
しかし、「もしかしたら事故を起こしてしまうかもしれない。事故を起こせば人を轢いてしまうかもしれない」とは、心のどこかで思うだろう。
普通はそこで思いとどまる。
それでもあえて運転し、事故を起こす。

今回の少年たちには、「もしかしたら事故を起こしてしまうかもしれない。事故を起こせば人を轢いてしまうかもしれない」という思いはあったはずである。
普通はそこで思いとどまる。
それでも、あえて運転し、事故を起こした。
「ただの過失」ではないことは、明らかである。
未必の故意があったと、言えないだろうか。

未必の故意を立証することで、危険運転致死傷罪の成立につなげるようなロジックは無理なのだろうか。


立法時に無免許が含まれなかったことは,今風に言うところの「想定外」だったのかもしれない。
常識的には、無免許=運転技能が未熟なのは当然だから、「未熟な運転」の範疇でくくれると判断したのかもしれない。
また、無免許=見つからないようにこっそり運転するだろうから、まさか危険な運転はしないだろう、と考えたのかもしれない。
でも、パトカーに追われて逃走し、危険な運転を繰り返すような状況は想定しなかったのだろうか。

しかし、今度の少年たちは、まさに「想定外」だった。想定を越える「運転能力」を有していた。

今回の事故で法律が改正され、無免許運転が危険運転致死傷罪の構成要件に加わるのかもしれない。
法律は常に後追いだから、仕方がない。

でも、問題は今回の事件である。

「今回の事故は法律が想定した構成要件のいずれにも該当しない。よって~」みたいな門前払い的な考え方は、何とかならないのだろうか。


それに、「運転技能があった」のは事実としても、「その運転技能をどのようにして身につけたか」が問われなくてよいのだろうか。
仮に百歩譲って、立派な邸宅で、庭に自前のサーキットがあり、そこでとことん練習したのであれば、まあいい。
(実際の道路環境とは格段の差があるとしても)
しかし、今回は、公道を違法に走行して「運転技能」を身に付けたのである。

きちんと教習所を卒業して免許をとった人(←当たり前)からすれば、第三段階を終わって仮免許で路上教習に出る時の緊張感は、誰でもたぶん一生忘れないだろうと思う。私は東京の世田谷の教習所だったが、甲州街道を走って環八に出て、一方通行の住宅街を抜けるという、かなり神経を使うコースだった。大きい道路での合流や進路変更、見通しの効かない路地での歩行者の飛び出しなど、今思えばいい経験をした。田舎の見通しのよい、人も少ない道路で教習したのとはわけが違う、と今でも思う。

そんなことを思い起こすと、無免許で公道を運転することがいかにとんでもないことであるかが、よくわかる。

「運転能力がある」という「結果」だけを見て、「過程」を見ないのは、正しいことなのだろうか。
逆に言えば、仮に運転が未熟な状態で今回の事故を起こしていたら、危険運転致死傷罪に問われた公算が高い。
警察当局に逮捕されることもなく、公道で違法な無免許運転を繰り返すうち、「結果的に」ある程度の運転技能が身についた。
それゆえ、危険運転致死傷罪に問えないというのは、あまりにも皮肉ではないだろうか。

一度も免許を所持したことがない無免許と、免許取消による無免許が同じ扱いというのは理解できない。

そもそも、深夜にこれだけ危険な運転を繰り返していながら、パトカーの目に留まらなかったのが不思議でならない。

形式上、構成要件に合致しない事実があるとしても、当該事実が違法なものであり、かつ有責性が高いものであるなら、犯罪を構成するという柔軟な考え方はできないのだろうか。

これじゃ遺族の方々は本当に浮かばれない。
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古民家での晴耕雨読な暮らしに憧れる軟弱な熊谷都民。

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