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森は自然の教会



森 雨 小鳥のさえずり

あなたは何を感じますか?


最近、スピリチュアルな世界に惹かれる人が増えたな。と思います。
特に、若い女性。
パワースポット巡りなるものが流行してるし、ヨガの教室もにぎわっていますね。
単なる一時的な流行りなのか、それとももっと根源的なものなのか。。。

今から20年近く前、あの阪神・淡路大震災が起きた1995年、オウム真理教なる集団が日本中を大混乱に陥れました。あれだけの出来事というか、恐ろしい悪夢を現実に経験して、日本人は、精神世界というもののあやうさ、胡散臭さを痛感したはずではなかったのでしょうか。

確かに、あれだけの若くて才能のある人たちがオウムに集まったのだから、当時から精神世界への憧れは強かったのでしょう。麻原という極めて特異な個人が、それを悪用したに過ぎない、のかもしれません。とはいえ、宗教の名のもとに、多くの人の生命をこれ以上ない理不尽な形で奪うという、ありえないことをしたのだから、「~に過ぎない」などと言うのは軽すぎますね。

それでも、やはり、スピリチュアルな世界への憧れは、人々の心の中に眠っていて、それがふとしたきっかけて、心の中に広がり始めるのでしょう。


スピリチュアルな世界との付き合い方は、人それぞれだと思います。
聖地を巡礼する人、遍路をする人、ひたすら座禅を組む人、写経をする人。。。
ジョギングだって、立派なスピリチュアルだと思います。


私の場合、スピリチュアルとは、自然の中に包まれる自分、です。

山に登るのが趣味ですが、百名山を制覇するとか全然興味なくて、ただ山という大自然に抱かれたいという根源的な気持ちがあるように思います。
自分が自然の一部に溶け込んでいる、そんな感覚が研ぎ澄まされると、自分の中がすーっと透明になっていくような気がします。

そんな瞬間を一番感じられるのが、雨の森を歩くこと。

山に登ろうと思ったけど、途中から天気が悪化して下山するのは、よくあることです。
皆さん「あ~あ、残念だな」と言うけれど、私にとっては願ったりかなったり!
ちっとも残念じゃない。

ウインドブレーカーで頭まで身を包み、雨の森を歩く。
マイナスイオン全開だし、これ以上ない、自然の恵みです。
森と同化し、雨と同化し、空から降り注いで大地に溶け込んでいく水の流れと一体化したような感覚になれる。

言葉では言い表せない感覚なんですね。


自分が透明になるとは、自分を意識しなくなること、つまり無意識に近づくことでもある。
よく、自分探しの旅とか、自分との対話とか言うけれど、そんなつまらない自分なんか、流してしまおう。
こうでありたい自分とか、こうでなくてはならない自分とか、こうであると思いたい自分とか、
そんなもの、森の中では、何の実体もないことを教えてくれる。

自分を忘れること、無に帰することこそ、スピリチュアルへの第一歩なのではないかな。
仏教的に言えば、自己への執着を断ち切ること。
実社会では、なかなかできないけれど。

だから、森は聖地なんだ、自然の教会なんだって思える。

森の木々には、魂が宿っている、そう本気で信じている私。
この動画で、そんなことを感じてくれたら、うれしいですね。
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古民家での晴耕雨読な暮らしに憧れる軟弱な熊谷都民。

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