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知覧-武家屋敷と枯山水と薩摩富士

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知覧といえば、武家屋敷の生垣と庭園が有名ですが、私自身は、初めて見るこの「竹樋」がmost impressiveでした。見れば、軒樋は半割りの竹製で、縦樋も太い竹です。木製の集水器も独特ですね。この納まり、見れば見るほど、実に渋く、味わいがあります。日本の伝統和風建築は「軒は深く、軒先は軽く」見せる手法ですが、台風銀座で雨風が非常に強いという風土を反映した結果、このように「軒先をダイナミックに演出」する形になったのかもしれませんね。
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知覧の武家屋敷街には、数軒の茅葺が残されています。東北地方の曲がり家のようにも見えますが、居住用の主屋(おもや)と台所用の付属屋(なかえ)を接続し、両方の屋根を小さい棟でつないだ「小棟おき二ッ屋」と呼ばれる形で、鹿児島の中でも知覧に特有なのだそうです。ほとんどの家は瓦葺に葺き替えられています。
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そして、ユニークなのは、主屋に男玄関と女玄関が並んでいることです。左が男玄関、右が女玄関です。野暮であるが、本当に男女できちんと使い分けているのでしょうか。
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質素な武家屋敷の座敷。奥の仏壇の上には、明治天皇・昭憲皇太后の肖像画が飾られています。床の間には、江戸時代からという珍しい駒の形をした提灯が飾られています。
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枯山水の庭園です。
『枯滝の石組を設けて高い峰とし、この峰から低く高く刈り込まれたイヌマキが、遠くの連山を表現している。鶴亀の庭園とも言われ、一変して高い石組は鶴となり、亀は大海に注ぐ水辺に遊ぶがごとく配され、石とサツキの組合せは絶妙である』
とあります。チンプンカンプンです。
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知覧の武家屋敷は、このように飾り気のない石造の外構を持つ家が多く、風化してエイジングした石のテクスチャーが、南国の雨風の強さと年月を感じさせます。見れば見るほど、味があります。人工的に手入れされた生垣よりも、はるかに心をひきつけますね。門を入ると、母屋までクランク状になっていて、屏風岩(琉球のヒンプン)により通りから中が見えないようになっています。琉球によく見られる魔よけの石碑もあります。
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生垣は実に美しく手入れされています。山をかたどった独特な形状。維持するのは大変でしょうが、見る者を飽きさせません。知覧では7軒の武家屋敷の庭園が公開されており、いずれも枯山水です。残念ながら、心無い観光客に踏み荒らされ、あまりよい状態ではありません。
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知覧の特攻平和会館。南洋で海中から引き上げられたゼロ戦の残滓。操縦桿を握っていたはずの若い戦士は南の海に散り、海中で永遠の眠りについていたゼロ戦だけが数十年の年月を経て、故郷に戻ってきました。
かつて、ゼロ戦にBMWやメルセデスのエンジンが搭載されたモデルもあったという事実は、日本とドイツの軍事同盟を歴史の教科書でしか知らない私たちを、歴史の深部にいざなってくれます。
最近のNHKの番組で、ゼロ戦は軽量化のために燃料タンクと人員を守る防弾措置が施されておらず、機体の剛性が低いため急降下に耐えられないといった欠陥を連合国側に見抜かれ、徹底的に狙い撃ちされたことを知りました。特攻青年たちの純粋さばかりが強調されている展示を見ながら、私としては軍部のアホさ加減が腹立たしくて仕方がありませんでした。最初から、負けるべくして負けた戦争だったわけです。そのために、英霊はもとより、かけがえのない日本の風景がどれだけ失われたか、そのマイナスは計り知れません。
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日本の南端に位置する枕崎駅。北海道の稚内や根室から途方もない距離をつないできたレールは、ここで途切れます。枕崎駅は、鹿児島中央駅とここ枕崎駅を結ぶJR指宿枕崎線の終着駅でありながら、実はJRの駅ではありません。1984年に廃線になった旧南薩鉄道の所有で、JRは間借りの珍しい駅だったのです。訪れたときはそんなことを知る由もなく、まるで廃墟のようにうらびれている木造駅舎に、思わず言葉が出ませんでした。廃線になった鉄道の駅舎がそのまま放置され、駅前だけがバスターミナルとして利用されているのか、と思ったくらいでした。一日数本の時刻表を見ながら、しばし考え込んでしまいました。
後日、その謎は一気に解けました。
「JR線最南端の枕崎駅が再開発で移設」という毎日新聞2006年5月7日付の記事です。

『JR線では「最南端の終着駅」となる枕崎駅(鹿児島県枕崎市)が再開発により100メートル移設された。旧駅舎は撤去され、1日開設した新駅はホームだけ。旧駅は木造の駅舎、構内の敷地も含め、鹿児島交通が駅一帯を地元スーパーに売却した』

私が訪ねたのは、解体されるほんの1か月前だったのです。最後の姿を瞼に焼き付けられたのはラッキーかもしれませんが、本州南端の終着駅が1本のホームだけというのは、およそロマンのかけらもありません。南端の終着駅は、こうして歴史の彼方へと葬り去られてしまいました。
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開聞岳。薩摩富士という名前からもわかるように、シンメトリーで美しい優雅な姿は、見る者の心を和ませます。この世と惜別して知覧の飛行場から飛び立った特攻青年の脳裏には、眼下の美しい開門岳はどのように映ったのでしょう。
このショットを撮ったのは、枕崎から指宿に向かう途中に通る、頴娃(えい)という街の海岸。この地名を初めて見て読める人は、まずいないでしょう。

■鹿児島県川辺郡知覧町■
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鹿児島市内で国道10号から、海沿いを指宿に向かう国道225号へ。谷山を抜け、平川を経て、影原で、知覧へ向かう道に分岐し、急な坂道を上っていくと、ほどなく知覧の武家屋敷へ到着。
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