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高岡(金屋町・伏木)

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高岡は鋳物産業の町。ここ金屋町は高岡の鋳物産業の屋台骨を支えた職人町で、京風の千本格子の連なりは、およそ鋳物師の街とは思えない風情を漂わせています。
前田家2代目の前田利長が、河内の流れを汲む砺波郡西保金屋から鋳物師を呼び寄せたのが最初とか。中世以来、全国の鋳物業界を掌握していたのが大阪の河内で、河内の真継家の「免許」を与えられて初めて、たたらを稼動することができたそうです。
江戸中期以後は鋼から銅へ、そして近代化の過程でアルミへと比重を移していきますが、現在も全国のお寺で吊り下げられている梵鐘はほとんどが高岡製とか。金屋町には「高岡市鋳物博物館」があり、当時の鋳物職人たちが使っていた道具なども展示されています。

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街を歩くと、鋳物の「型」をとるための型板が保管されていたり。きっと建築家もずいぶん世話になっていることでしょう。

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高岡市街から海よりの伏木地区には、旧秋元家住宅(現 伏木北前船資料館)があります。明治20年の大火で焼失したあとに建て替えられました。伏木は昔から天然の良港で、秋元家は海運を家業とし、廻船問屋として富を築いていました。北陸特有の黒い瓦と板壁が印象的。蔵の上には、可愛い望楼が付いていて、今でも上がることができます。

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大人一人やっとという狭い階段を登ると、そこには1畳ほどの小さな空間がありました。昔は港へ船の出入りを見張るために設けられたといい、実に風通しがよく、居心地のよい空間。ここにずっといたら、見張りなど忘れてしまうのではないでしょうか。
「上がれるのは大人4人まで」という制限つき。でも、4人一緒は無理っぽい。

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伏木には、日本初の民間測候所であった旧伏木測候所がありました。現在は、高岡市伏木気象資料館になっています。明治42年建築で、当時は寄棟屋根の上に望楼のような観測塔が設けられていましたが(写真で見る限り、実に味わい深い)、残念ながらRC造3階建の観測塔が出来たときに取り壊されてしまったようです。

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テーマ : レトロを巡る旅
ジャンル : 旅行

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