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足尾銅山へ その2

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足尾駅を後にし、終点の間藤駅を過ぎると、精錬所に近づいてきます。途中、踏切跡を見つけました。かつては精錬所から鉱物を大量に積んだ貨車が通過していったのでしょう。廃線跡は今まで何度も見てきましたが、せつないというか、センチメンタルな気分になりますね。

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近くには、厳重に封鎖された橋もありました。建物の廃墟は今や珍しくないですが、封鎖された橋というのはほとんど目にする機会がないためか、かなり強烈な印象を受けます。

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道なりに走るとやがて郵便局が。ここには、橋マニアなら注目の「古河橋」というのがあります。
案内文を見てみましょう。
明治18年、それまであった木造橋が消失したのを機に架設されたもので、ドイツのハーコート社製。橋台はれんが積み工法、橋梁は単径間ボストリング・ワーレントラス式(ピン接合、長48.5m、有効幅3.6m)。

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上弦材にH形鋼を使用している珍しいケースだそうです。
リベットの連なりが、いかにも「19世紀の橋」という印象です。
竣工翌年には、鉄道も通したそうですが、見た目にも危なそう。かなり揺れそうです。
新しい橋が竣工した平成5年以降は歩道橋として運用されてきましたが、現在は閉鎖されています。

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古河橋に佇むと、精錬所の姿が目に入ってきました。
渓谷沿いにずっと向こうまで続いているようです。
何だか胸が高鳴ります。こんな気分を味わうのは、いつ以来でしょうか。

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郵便局を過ぎると、一気に人家がなくなります。
左側の渓谷の向こう側に精錬所の巨大な廃墟の姿が次第に近づいてきて、思わず言葉をなくします。道が細いので、しばらく走って駐車できる場所を確保しました。かつて鉱山住宅が立ち並んでいた愛宕下というところです。

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鉱山住宅は、ぶ厚い防火壁で区画されていて、住宅が解体され更地となった今も、不釣合いな姿を見せています。何軒かは現在も残っているようです。
昭和31年には181世帯819人が住んでいたという事実がにわかには信じられません。

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そして、朽ち果てて廃墟となったまま残されている建物もあります。住宅だったのか事務所だったのか、わかりませんが。近くで見ると、ぐっと迫ってくるものがあります。

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生協の建物が今も残されています。最盛期には、買い物する鉱夫の奥さんたちで賑わっていたのでしょう。閉鎖されてからそれほど長い時間がたっておらず、妙に現実感があります。

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渓谷の向こう側の山肌は、今も廃鉱山という非日常の世界を垣間見せています。険しい沢の上部には、今にも落ちそうな鋼橋がかかっています。鉱山でなければお目にかかれない風景です。

→ その3 へ続く
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