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足尾銅山へ その3

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初めて見る足尾銅山の現在の姿。
巨大な廃墟を前に、言葉を失います。

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以下、足尾銅山の歴史を簡単に勉強してみましょう。
足尾は江戸時代に本格的に採掘が始まり、当時は寛永通宝を鋳造するなど、「足尾千軒」と言われるほど賑わっていたましたが、その後、採掘量が減少し、幕末から明治時代初期にかけてはほぼ閉山状態となていました。
1877年(明治10年)、古河市兵衛は足尾銅山の可能性に着目して経営権を獲得、数年間をかけて次々と新しい鉱脈を発見して急成長を遂げ、20世紀初頭には日本の銅産出量の1/4も担うまでになりました。しかし、あまりに急激な鉱山開発により有毒物質が流出、下流の多数の住民を苦しめることになる「足尾鉱毒事件」を引き起こし、、田中正造らによる反公害運動が展開されたことは有名ですね。

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戦前、最盛期には人口が38,000人近くいたこともありますが、戦争中に無計画に採掘し続けたため、次第に鉱脈は細っていきます。そして1973年(昭和48年)、閉山。96年にわたる歴史に幕を下ろしのでした。

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閉山後も輸入鉱石による製錬事業は続けられていましたが、1989年(平成元年)以降は鉱石からの製錬事業も停止しました。現在は、製錬施設を利用しての産業廃棄物(廃酸,廃アルカリ等)リサイクル事業のみを行っています。つまり、この施設は、正しくは廃墟ではなく、一部の施設を使って操業を続けている現役の施設なのですね。事務所の入口には、足尾精錬株式会社足尾精錬所、古河機械金属株式会社足尾事業所の看板が掲げられています。

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真っ赤に錆びて今にも崩れ落ちそうな鉄骨骨組が、腐食性ガスの強さを物語っているようです。世界遺産に登録する動きもあるようですが、廃墟のままで登録するのは困難でしょうから、復元することになるのかもしれませんが、個人的には廃墟のままで保存すべきかと思います。長崎の軍艦島もそうですが、復元しても時間の流れを戻すことはできないわけで。

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ズームがとらえた「足尾精錬」の文字が、静かに強烈なメッセージを放っています。

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川沿いの険しい崖に面して建てられています。

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長年にわたる採掘で緑が失われた山は、豪雨や地震により、落石や土砂崩れなどの深刻な被害をもたらします。今、足尾では、地元の方たちが中心になって、荒れ果てた山肌に失われた緑を回復させる活動が地道に行われています。

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