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大船渡でのワンショット

P1010003_convert_20110320095908.jpg

東北地方の太平洋側をツーリングしたことがあります。
2006年夏のことでした。

千葉から東北縦貫道を北上し,一関で下りて国道284号線で気仙沼に出ました。
そして,国道45号線で海沿いに北上し,陸前高田,大船渡を通り,釜石に出ました。
釜石からは内陸部に入り,遠野,北上,水沢を経て帰京しました。

ハンドルを握りながら目に飛び込んでくる海岸線の風景は美しく,とても印象に残っています。
いつも,旅先では写真を撮りまくるのですが,そのときは不思議と,写真を撮りませんでした。

唯一,カメラに収めたのが,この写真です。

大船渡市を縦断する国道45号線沿いに建っていた立派な民家です。
北海道の鰊御殿のような,どっしりとした佇まいでした。
確か,大船渡駅から盛駅に向かう途中だったように記憶しています。

あの日は,大船渡の宿に泊まりました。
駅前の観光案内で紹介された,「海風苑」という旅館です。
ごじんまりした旅館でした。
港からほど近いところでしたから,今頃どうなっておられるのか。。。
気になります。

その日の晩は,「活魚すごう」というお店で,刺身定食をいただきました。
とってもおいしかったです。
鉄筋コンクリートか鉄骨の建物でしたから,建物は残っているとは思いますが。。。

この写真の民家も,国道45号線があのような状態では,今は残っていないのかもしれません。

かつて旅したところが自然の猛威によってズタズタにされる。。。
やるせない気持ちになります。

気仙沼も陸前高田も釜石も,国道に沿って走っただけですが,せめてもっと写真を撮っておくべきだったなと悔やまれます。かつてこんなに味わい深い街があったという記憶を,後世の人たちは写真でしかしることができないのだし。

旅のときに,現地でいただいたパンフレット類を大切に保管しています。
当時の資料箱には,大船渡市が編集した「遊びカタタログ大船渡」,「椿の里 大船渡」,陸前高田市観光協会が編集した「陸前高田観光案内」,海風苑のパンフレットなどが残っていました。
それらを見ていると,災害が起きたことがいまだに夢じゃないかと思えたりします。

被災地の皆さんに「がんばって」というのは簡単だけど,
正直,海岸沿いの地域は復興は難しいのではないでしょうか。

鉄筋コンクリート造の中層建物で海岸沿いを固めていくしかありません。

自然の猛威の前に,人間はあまりに無力。
それ以外は何も考えられないです。


気仙大工についての追記


後日、気仙大工についてネットを見ていたら、発見しました。

http://www.epix.co.jp/kesendaiku/takuminosato/index2.html

気仙大工の歴史と業績を紹介しているサイトです。
その中で、この写真を見つけました。

1-1803m.jpg

まさにこの建物ですね。間違いなさそうです。

建物名は「芳乃屋」というそうです。
所在地は、大船渡市大船渡町字台。建築年は不詳。
説明書きには「入母屋造りの形が良い作りである」と書いてあります。

やはり気仙大工が魂を込めた力作だったんですね。
通りがかりとはいえ、チラ見できたことだけでもよかった。
でも、今はもう、その姿を残してはいないでしょう。
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古民家での晴耕雨読な暮らしに憧れる軟弱な熊谷都民。

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