スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

原発はなぜ危険か-元設計技師の証言-

41x8mEZvNiL__SL500__convert_20110510184244.jpg

著者の田中三彦さんは、原子炉製造メーカーである日立パブコック社に在籍していた当時、福島第一4号機の原子炉圧力容器の「ひずみ矯正事件」に遭遇した。
本書は、この「ひずみ矯正事件」から始まる。

納品を控えていた福島第一4号機の原子炉圧力容器に、予期しない欠陥が見つかった。
限りなく「真円」でなければならない原子炉圧力容器なのに、法律の規制を超えて「誤差」が生じていた。
絶対にあってはならないミス。
これでは、東京電力の検査を絶対にパスしない。
仮に納期をオーバーすれば、関係方面に影響が波及し、原発の稼働がずれ込むかもしれない。
そんな事態になれば、東京電力から損害賠償を請求されるかもしれない。
何としても、納期までに、ひずみを矯正しなければならなかった。
田中さんは、上司に呼ばれ、この「ひずみ矯正」に携わることに。

コンピュータで何度も何度もクリープ解析を繰り返す、クリープリラクセーションによる矯正。
すでに出来上がっている原子炉圧力容器を高温に熱し、ジャッキで少しずつ矯正していく。
発注者の東京電力にも報告せず、ひそかに突貫工事を進め、結果、何とか納期までに原子炉圧力容器を納品できた。
しかし、本来は行ってはならない「応力調整」を行ったわけだから、将来、原子炉に何が起きるか、わかったものではないだろう。その後、同社を退社した田中氏がシンポジウムの席上で明らかにするまで、ひずみ矯正事件は伏せられたままだった。

この事件、いろいろと感じるところは多いです。
○当時の原発屋が頼りにしていたアメリカのASMEⅢ規格が、理解するのも容易でないほど極度に理論的であったこと
○その理論を理解していたとしても、それで完全無欠な部品が製造できるわけではないこと
○完全な部品が製造できることを前提とした設計が行われていること

詳細は本書をお読みいただければと思いますが、原子炉と言えども、人間が製作することに変わりはありません。
私たち一般人は、原子炉の設計・製造が特別に高度な技術で行われていると無意識に思っています。
しかし、私たちが無意識に思っている以上に、原子炉には欠陥が多い、ということですね。
要は、脆性破壊の危険が高い、ということです。

しかも、当時はまだ1970年代でした。
今から40年も前です。
今から40年前の理論・基準・技術でつくられた原発が安全と言えるでしょうか?
今だったら到底つくらないような代物を、当時はつくっていたわけです。

今の理論・基準・技術で当時の原発を見たら、

恐ろしいほどの欠陥品

建築物や土木構造物なら、最悪、大地震で倒れなければよい、というクライテリアでOKでしょう。
原発の場合、そうはいきません。

著者が危惧しているのは、製造時に施工上の欠陥を内包していた40年前の原子炉が今も稼働していることだけではなく、どうして、今の技術水準に照らして当時の原発を見直さないのか、ということです。

答えは簡単です。今の技術で見直したら、ほとんどの原発は不合格。
ゼロから作り直す以外に方法はありません。
稼働率を維持するためには、ポンコツと分かっていながらも、稼働し続けるしかありません。

こうなると、原発の寿命はもって30年という定説を覆し、40年を超えた今もなお稼働を続ける1970年代の原発は、何か化物のように見えてきます。
アメリカのGE社のエンジニアも危険性を指摘しているように、

つくった本人が、その危険性を一番、知っている

わけです。

本書が出たのが1990年。
当時、日本の原発はまだ(もう)40基でした。
それから20年、54基に増えています。
これからもじゃんじゃん、つくるつもりでいた。

この本を読んだ与党政治家がどれくらいいたかわからないけれど、この本を読んでもなお、原発を堂々と推進できる「度胸」は何だったのか。まったくもって、よくわかりません。

おそらく、政治家の常套手段である「問題の先送り」だったのでしょう。
面倒くさい問題は後回しでよい。今はあくなき経済成長に向かって突進すべき時である。。。
その結果、水俣病に代表される公害があちこちで生まれました。
そして、今度は原発被害です。

人間は、完全無欠なものは製造できない

このことを知れば、原発というものがいかに思いあがったものであるかがわかります。
どんなに理論が立派であっても、それを100%可能にする技術はない、ということ。
100%な技術があると過信することが、災いのもとであること。
100%でないことを知っていながら、無知な人民を100%だとだましてきたこと。

菅さんの英断で、浜岡は全面停止になりました。
でも、本書を読む限り、浜岡を止めればよい、ということではないと思います。
なぜなら、大地震が起きなくても、老朽化や施工不備など、大地震以外のさまざまな原因で、原発が逝ってしまう可能性が多々あるからです。

最新の理論や技術を既存の古い原発に反映できないのであれば、古い原発を新しい理論や技術で再生できないのであれば、それはもう止めるしかないのではないでしょうか。

スポンサーサイト

テーマ : 最近読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

コメントの投稿

非公開コメント

カテゴリー
プロフィール

fabio777

Author:fabio777
古民家での晴耕雨読な暮らしに憧れる軟弱な熊谷都民。

月別アーカイブ
ブログ検索
FC2カウンター
原発のない世の中へ!
【署名のお願い】自然エネルギー100%と原発の段階的廃止を実現するため「エネルギー基本計画」を変えよう!
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索
リンク
RSSフィード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。