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災害ボランティアに行ってきました

9月17~19日の三連休を利用して、東北の被災地へのボランティアツアーに参加してきました。

今回の行き先は、石巻の先の、太平洋に突き出した牡鹿半島の突端に近い、「十八成浜」です。
くぐなりはま、と読みます。
夜行バスで大宮を出発し、夜明けに仙台を過ぎ、途中のパーキングエリアで作業着と安全長靴に着替え、高速を降りて石巻市街に入ると、新聞やテレビで何度も見た光景が目に入ってきます。
あまりのすごさに、車中のみんな沈黙。。。
食い入るように外を見ています。

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「すごい」という一言すら、出てきません。

ガレキは、一見だいぶ片づけられてはいるのですが、そこでピタッと止まっていて、「再出発」という雰囲気が伝わってきません。バスで見た限り、補修するなり建て替えるなりして営業を再開した店舗はまだ少数でした。

バスは石巻市街を抜けて牡鹿半島に入り、リアス式海岸に沿ってアップダウンを繰り返し、途中、壊滅的な被害を受けた漁港をいくつか通りながら、鮎川という集落まで来ました。
youtubeでは、鮎川に津波が押し寄せた時の様子を見ることができます。



映像の中で、ENEOSのスタンドが見えましたが、その前の空き地が駐車場になっていて、バスはそこに停まりました。

近くに公民館があって、地域の人たちやボランティアたちの拠点になっています。
ボランティアのバスは3台、プラス川崎市の医師・歯科医師団など、総勢150人くらいでしょうか。

協議の結果、私たちの作業場所は、鮎川の先の、十八成浜に決まりました。
グーグルアースでは、4月ごろの画像を見ることができます。

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とても大津波の被害を受けたとは考えられないくらい、美しい海岸の風光明美なところです。
しかし、こちらもyoutubeで見れますが、大地震直後は、このような状態でした。



美しかった海岸は、現在はこのとおり。

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砂浜が液状化して、トイレがひっくりかえっています。
防波堤も壊れて散乱しているし。

そして、陸に目を向ければ、目に入ってくるのは、1階部分がまるでピロティのようになった住宅、まるごと流されて土台しか残っていない住宅など。。。
道路のセンターラインがない部分は、通れるように補修したところです。
電気は復旧していますが、折れ曲がった電柱のポールなどがいたるところに置かれたままになっています。
ところどころ漁船も転がっているし。

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私たちの作業場は、海岸と道路にはさまれた田んぼでした。

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以前に何度かボランティアが入っていて、ある程度作業が進んでいるのですが、まだ雑草の中にいろいろなものが散乱していて、それをひたすら拾い集めて分別していきます。

田んぼって、たった半年でこんなに雑草で埋め尽くされてしまうんだ。

草を刈るにも、根の力がとにかく強い。スコップで掘ったくらいではなかなか抜けない。
場所によっては、1mを超える雑草がびっしり生い茂っていて、みんなあきれて、「これは雑草とは言わないよね~」

手の付いていない奥のほうには、背丈ほどの雑草の中に、木造住宅の屋根やら梁・柱やら冷蔵庫やら風呂釜やらといった重量級が転がっていました。
軽量級では、障子の桟、神棚の残骸、雨戸と思しき板など。
どこからか流れてきたお宅の残骸ですね。
それから、酒のとっくりや梅酒のピン、茶碗やマグカップ、ぬいぐるみ。英語の試験の答案まで出てきたそうです。
あまりにもリアルで、これで写真でも出てこようものなら、一体どんな思いになることか。
被災地で被災者のアルバムや写真などを丁寧に拾っては、お戻ししているNPOや自衛隊の人たちの気持ちがやっとわかりました。

そして、雑草の中に横たわる何艘かの漁船。。。
もちろん、ボランティアでは無理だけど、あの漁船は一体どうやって運び出すのだろう?


それにしても、暑い!
この日は石巻で32.9℃まで上がったそうです。
こまめに水分をとって休憩しないと、熱中症寸前!

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ひたすらガレキを拾い集め、運んで分別していきます。
ガレキの山がみるみる高くなっていきます。

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最初見たときは、これほどのガレキが埋まっているとは、想像もできませんでした。
下の写真では、地元のボランティアの方たちが、5人がかりで大型冷蔵庫を運んできました。

お弁当を食べた後、もうひとがんばりして、ツアー組は午後2時過ぎに作業を終えました。
大した時間でもないのに、すごい消耗です。
これを数日間続けるのは、軟弱な一般人にはかなり堪えます。

真夏の炎天下、ひたすらガレキの処理を続けた方たちに、心の底から敬意を表したくなりました。



やっぱり、実際に現地に立って多少とも関わってみなければ、わからないことが多々あると思いました。

まずは、ガレキ処理の大変さ。
被災地を遠くで見ている人たちは、もう半年経っているというのに、ガレキ処理のスピードが遅いとか、復興復旧のスピードが遅いとか、はがゆく思うかもしれません。
わたしだってそうでしたから。
でも、たったこれだけの作業をしただけで、ガレキ処理がいかに大変なことか、身をもって思い知りました。150人でこんだけがんばって、面積にして何haくらいでしょうか(数字を聞いたらがっかりしちゃうから、聞きたくない。。。)

たった半年間でこれだけの地域の大量のガレキを処理してきたこと自体、ものすごいことなんですね!

次に、ガレキの重さ。
柱や梁に使われる材は、めちゃくちゃ重いです。
(あたりまえやん)
けど、その重さを身をもって感じることができた。

木造住宅が倒壊して、中に取り残された方を助けなきゃ、という場合。
被災地を遠くで見ている人たちは、しょせん木造なんだから、みんな集まって力を合わせれば、つぶれた家の梁や小屋組をどかして助けるくらい、やればできるんやないか、と思うかもしれません。
でも、そんなに甘いわけない。
ちょっとやそっとじゃ、びくともしないと思う。
それに、たくさんのクギが出ているし。


そして、みんなで作業すること。
一人では本当に何もできない。
一人では、びくともしなかった大物も、みんなで力を合わせて、運び出すことができた。
力を合わせるってことは、すごいことなんですね。
(あたりまえやん)


考えてみると、今回感じたことは、みんな「あたりまえ」のことばかりです。
けど、あたりまえのことを実感するということが、どれだけ大事かも、骨身に染みてわかりました。

「情報」として知っているだけなのと、それを身をもって実感することとの落差は、とてつもなく大きいと感じました。

まさに、百聞は一見に如かず、なんですね。

2泊3日(車中1泊)のツアーで、作業時間はせいぜい5時間くらい。
ボランティアとして少しは被災地に貢献できたなんてまったく思わないし(むしろ、クソの役にも立たなかったという思いだし)、それよりむしろ、自分のバカさ加減に気づかされたことが一番の収穫だったのかな、と思います。

今回の田んぼにしたって、海水をかぶっているから塩分を抜くのに数年はかかります。
漁船をどかして、表土の入れ替えもしなくてはなりません。
いったいいつになったら稲作が再開できるのか。。。
それでも、復旧・復興の第一歩は、まずはガレキ処理から、なんですね!


東北はこれから、短い秋を経て冬へと向かいます。
11月になれば雪が舞い、12月になればガレキは雪に埋まってしまう。

機会があれば、秋のうちにもう一度、行きたいと思っています。
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古民家での晴耕雨読な暮らしに憧れる軟弱な熊谷都民。

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