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気仙沼大島までボラバスツアーに行ってきました

9月最後の週末、東北まで災害ボランティアに行ってきました。今回は気仙沼の大島です。

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気仙沼は、マグロ漁など遠洋漁業の基地として知られてますが、震災ではタンクが倒れたりして大規模な火災が発生し、甚大な被害が生じたことは周知のとおりです。

金曜日、ボランティアスタイルで出勤し、会社で着替えてシゴトした後、再びボランティアスタイルに戻り、集合場所である東京駅の八重洲口のバスターミナルに行くと,たくさんの高速バスが停車していて,中には陸前高田行きのボラバスもありました。

今回は石巻より遠いので、休憩もほどほどに東北道を一ノ関ICまで突っ走り、一般道を通って、朝の7時くらいに気仙沼に着きました。
車窓から見る気仙沼の市街は、思わず息を飲むような光景でした。

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地盤が1m近くも沈下し、建物が流された後に海水が溜まり、池みたいになっています。かろうじて残った建物が水面に映り,逆さ富士みたいなありえない光景を呈しています。

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盛土でかさ上げして応急復旧した道路は凸凹だらけ。比較的新しい建物は残っていますが,古い建物は跡形もなく流されています。
添乗員のHさんの話では,夜は街灯もなく,まさに真っ暗で,あるプリウスがカーナビの指示に沿って角を曲がったら,その先に道がなく,海に転落してしまったということです。

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港に着いてバスを降り、フェリーに乗り換えます。港では,小さな桟橋がひっくり返った状態になっていました。全体に沈下しているため,海水面が地表すれすれで,高潮になれば間違いなく浸水してしまう状態です。

大島に渡るフェリーは津波で陸地に打ち上げられてしまい、つい最近撤去されたばかりだそうです。私たちが乗船した船は、はるばる広島の江田島からやってきた船でした。

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港には漁船が並び、かつての活気が戻りつつあるように感じます。大型の漁船がずらりと並ぶ姿は,遠洋漁業の街,気仙沼らしさを彷彿とさせます。

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出航してしばらくすると、気仙沼港の大きな魚市場が見えてきます。建物自体は持ちこたえたようですが、ここも激しく地盤沈下しています。かさ上げ工事をしたとのことですが,それでも海水面すれすれで,浸水のリスクを背負っての営業です。

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魚市場を過ぎると,津波と火災で壊滅的な打撃を受けた海岸部が目に飛び込んできます。このあたりはガレキの処理も進んでいないようです。建物が沈下して,1階部分が海に漬かっています。

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こちらは庁舎らしき建物ですが,その周囲がクルマ置き場になっていて,被災してメチャクチャになったクルマの残骸が幾重にも積み上げられています。


フェリーで気仙沼港を出航して20分くらいで、大島に着きました。その名のとおり,かなり大きな島です。震災後,アメリカ軍がトモダチ作戦を展開したことでも有名ですね。大島でも森林火災が起きたのですが,その原因は,気仙沼港で倒れたタンクから海に漏れ出した油が引火して炎上し,燃えさかる油が潮流で大島まで流れ着き,島の木々に引火したようです。島は表向き緑が生い茂っていて,ここで森林火災があったとは、にわかには信じられませんが,よく見るとマツの根元が黒く変色して,触ると炭化してボロボロになっていたりします。島の半分くらいが火災にやられたとのことでした。

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島に上陸すると,あたりは気仙沼の市街地と同じく,津波で壊滅的な被害を受けていました。

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美しいはずの浜辺には,ガレキやゴミ,家電製品などが山のように積み上げられています。
道の両側に積み上げられたガレキの山の高さに圧倒されます。

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港は広範囲に沈下していて,かつての船着場は海面の下に隠れかけています。大型土のうがなければ満潮でさらに冠水してしまうでしょう。

作業の前に,まず大島の災害対策本部に行き,本部長の白幡さんのお話を30分ほどうかがいました。
白幡さんは,港のすぐそばで食堂と土産物屋を経営しておられるのですが,津波でほとんど流されてしまったそうです。
白幡さんのお話は,津波災害のすさまじさ,震災直後一週間くらい完全に孤立していたときにいかにして住民同士が助け合ってきたか,そして大島の復興に賭ける思いなどがぎっしり詰まっていました。そして,いやがおうにも,これからの作業がんばるぞ~と闘志が沸いてきます。

(以下,続く)
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今回のツアーは男性11名、女性27名、計38名でした。現場は海に面した田んぼの草刈りとガレキ拾いです。土が海水を含んでいて、ぬかるんで足をとられたりズブッともぐったりすることも何度かありました。

一日目は草刈りオンリーで、丈が1mはある雑草をひたすら刈っていきます。人数分の鎌が用意されていたので、しかも涼しく心地いい風が吹いていたので、作業は急ピッチで進み、一日目が終わる頃には目に見えて進捗していました。
二日目は一転、ガレキ撤去です。近くの民宿の現場で作業していた京都ボランティア隊も合流し、総勢60~70人くらいで、ひたすらガレキを分別しながら運びます。雑草に隠れてわからなかったのですが、小さな家1軒分くらいのガレキが散乱していて、なかなか思うようにはかどりません。
まずは瓦をバケツリレーで運び、石膏ボードの破片を丹念に拾い集め、食器だの何だのを拾っては分別し、木材を拾っては軽トラに運び込んでいきます。釘が出ていて、とにかく危ない。前回、釘で手首を軽く刺しちゃったので、気をつけながら作業します。
大きい柱材やはり材は正直無理かなと思いましたが、瓦と同じようにバケツリレーでやってみたら、意外にも運べてしまいました。最低3~4人でなければ持てない柱材が、男女混成部隊のバケツリレーでどんどん運べてしまったのには、とても驚きました。組織、集団の力はすごい! 改めて再確認しました。

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作業現場の近くの民宿の現場では,京都ボランティア隊の方たちが活躍していました。総勢20名弱でしたが,一軒の家でも作業はなかなかはかどりません。

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海岸のマツ林と積み上げられたガレキの山

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美しい海岸。エメラルド色の海がとても綺麗です。海のすぐ近くなのに被害を受けていないお宅もあり,摩訶不思議です。

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回収された漁具の山。捨てるしかなさそうです。

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海沿いの木材の山。

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分別されたゴミ,ゴミ,ゴミ。

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これで今回のツアーは作業終了。みなさんお疲れ様でした!

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宿に戻り,風呂に入ってさっぱりした後,宿を後にします。ちょっとせつない気分。空には美しい夕焼けが。

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現地の作業を仕切ってくれたのは、復旧復興を目指して地元の若手漁師が自発的に集まって結成された「おばか隊」の面々で、ボランティア一行をサポートしてくれました。
作業の合間の休み時間には、隊員の若い女の子がみんなの前で歌を歌ってくれるとか、島を離れるときには隊員たちが見送りに来てくれて、本部長の白幡さんをはじめ、皆さんと握手しながら乗船するとか、いろんなサプライズを演出してくれました。

最初から最後までずっと島で過ごせたことで、地元の人たちと触れ合えたことは本当よかったです。
ツアーの皆さんも、個性的な方が多くて楽しく過ごせたし、被災地にどれだけ貢献できたかはともかく、思い出に残るツアーとなりました。

最後に,同室だった,元山ヤのKさん,ヨットマンのMさん,同い年のEさん,被災地への添乗数10数回という超ベテランでツアーを盛り上げてくれたHさん,参加者の皆さん,本当にお疲れ様でした。またどこかでお会いできるといいですね。
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古民家での晴耕雨読な暮らしに憧れる軟弱な熊谷都民。

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