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定本 日本の秘境

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今にも崩れ落ちそうな石置屋根の民家を映し出すセピア色の写真。
まさに「秘境」とよぶにふさわしい光景といえるかもしれない。

人はみな、「秘境」という言葉の響きに、何らかのセンチメンタリズムというか、ロマンティシズムを感じるのではないだろうか。
それは、どうしてだろう。
毎日電車に揺られ、無機質な都会で大半を過ごしている現代人にとって、「秘境」とは、心の底で、決まりきった日常からの脱出、一種の現実逃避のような衝動を起こさせるのかもしれない。

そもそも、「秘境」とはなんだろう。
かつて大日本帝国陸軍の若き将兵が敗残兵となって彷徨った東南アジアの山深いジャングルは、確かに秘境であるには違いないが、ここで言う秘境とは何か違和感を感じるものである。
秘境とは単に、ジャングルや砂漠のような、人間が住むに適さない場所、を言うのではない。
そうではなく、「人間が入ることを許されない場所」という解釈がしっくりくるのではないか。

廃墟がブームになったことがある。長崎の軍艦島は世界遺産の登録を目指しているというが、捨てられて荒れ果てた廃墟となっている病院やホテル、廃校となった校舎などには、足を踏み入れるということに対して、形容しがたい「恐れ」のようなものを感じずにいられない。

そう、秘境とは、すなわち、一種の「聖域」を意味しているのではないか。

入ることを許されないところに足を踏み入れるという、一種の罪悪感とスリル、アドベンチャー(死語か?)が表裏一体となったところに、秘境という言葉が持つ現代的なニュアンスがあるように思う。


そんな想像をたくましくしながら、表紙をめくる。
筆者の岡田喜秋さんは、日本交通公社の雑誌「旅」の元編集長で、本書は、昭和30年代初めの時期に、日本各地を旅して歩いた紀行文である。1926年生まれだから、もう90歳近い方である。

私が生まれる前の昭和35年にに出版されたものが、このたび文庫本となって再版された。
18にのぼる旅先を、「山」「谷」「湯」「岬」「海」「湖」という属性で整理している。
例を挙げれば、北海道の襟裳、野付、東北の酸ヶ湯、乳頭、夏油、十二湖、七ヶ宿、四国の室戸、佐田岬、山陰の隠岐といった具合である。

ここで、意図的に「旅先」と書いたのは、これらの土地が「秘境」と呼ぶには、何か違和感があるためである。
筆者が歩いた旅先は、いずれも人々が土地に根差した暮らしをしていて、決して人間の住めない土地ではない。
けれど、交通がきわめて不便である、気象条件が厳しい、といった決定的な理由により、その生活や文化はいやおうなく孤立せざるを得ず、中央から、時には地元の中心都市からも遠く隔たれた結果、独自の風土を形成してきた土地ばかりである。
当時、筆者は汽車と路線バスを乗り継ぎ、あとは重いリュックを背負い、地図を頼りに、徒歩で山道を歩き通した。自動車という文明の利器には頼らなかった。
今ではほとんどの集落に電気が引かれ、ランプの宿は観光名物でしかないし、山奥の林道まで舗装され、クルマがあれば不自由しなくなったし、インターネットや携帯電話でいつでもどこでも都会とつながっていられる。これらの地域を秘境と呼ぶのは、いささか語弊があるのではないか。
いや、当時にしたって、彼の地に住む人々にとって、秘境と呼ばれることは決して名誉ではなかったことだろう。

それでも、作者はあえて、「秘境」という言葉で、これらの土地を語る。
そこには、単なる都会人のセンチメンタリズムではなく、自身の目と耳と足で、土地の持つ風土を解き明かそうとする筆者の熱い想いを感じるのである。
秘境とは一種の「聖域」であるということに即して言えば、決してよそ者が足を踏み入れることがない土着の世界に飛び込み、見聞きし、感じることで、土地が発する無言のメッセージに耳を傾け、言語化しようとしたのかもしれない。


昭和30年代はじめの風景は、その後の高度経済成長で、大きく変貌してしまった。
本書の写真がモノクロということもあるが、いかにも秘境という雰囲気を漂わせている。
今だって、モノクロ撮影すれば、そこそこノスタルジーあふれる写真は撮れるのかもしれない。
しかし、当時の意趣あふれる風景が、近代化の名のもとに変貌してしまったことは本当に残念で仕方がない。

そして今、急速な高齢化と過疎化に伴って、近代化とは別の要因で、日本の伝統的な風景が崩れつつある。
何百年という歴史を紡いできた伝統的な集落は、いつしか限界集落となり、やがて廃村となり、人々の記憶から消えていく。廃墟となったかつての集落は、文字どおり秘境と化していく。

国土交通省の試算によれば、今から30年後は、国土の無人化地帯が今より2割程度も増えるらしい。
かつて人々が暮らした痕跡は、風雪とともに消えていき、土に還っていくのだろうか。



日本の風景の原点を思い出させてくれる、素晴らしい本だった。


山と渓谷社 本体950円+税
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テーマ : 最近読んだ本
ジャンル : 本・雑誌

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