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大多喜-南総里見八犬伝のふるさと

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小さいながらも由緒のある大多喜城の城下町。佐原と並んで、千葉県下では最も歴史的な街並みが残されています。このように昔ながらの姿であるもの、人の手が加わり修景されたもの、さまざまですが、建築規制がされているのか、市内には中層の建物もなく、ヒューマンスケールのままで街が育まれてきました。房総の小江戸という表現がピッタリ。

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国指定重要文化財の渡辺家住宅。
その昔、小林一茶が大多喜に立ち寄った際に残していったという「松かぜに 寝て食う 64州かな」という短冊が残されています。いかにも天下泰平の小江戸の風情が漂い。。。
資料によると、桁行11.7m、梁間9.3m、2階建、東南土庇付(西面突出部 桁行6.5m、梁間6.5m、西面及び南面庇付)、寄棟造、桟瓦葺、北面便所附属。絵図面ならびに文久二星次壬戌太歳九月穀旦の記がある古文書が現在も収蔵されています。

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修景による保存。デザインの完成度は高いのですが、いまだ人工的で硬いという印象が。街並みに溶け込むには、もう少し時間がかかりそうです。そして、願わくば、電線地中化を推進してほしいのでありまして。上は、陣座公園の「商い資料館」。

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大多喜城下の銭神地区に、天明年間に創業されたと伝えられている豊乃鶴酒造。軒先に大きな杉玉を吊り下げた、この伝統ある建屋は、明治4年の廃藩置県を機に、明治7年、この地に建築されました。本醸造原酒「大多喜城」は、昭和49年に大多喜城が再築されたのを記念して発売されたもの。


■千葉県夷隅郡大多喜町■
房総半島のちょうど中央部、千葉市と勝浦市を結ぶ国道297号沿いに位置する。鉄道では、東京湾側へ小湊鉄道が、太平洋側へはいすみ鉄道が出ているが、最近は廃線話もちらほら。近くには養老温泉もある(湯温が低くて沸かしているが)
滝沢馬琴の「南総里見八犬伝」で有名なお土地柄。大多喜城は、よく本多忠勝の城下町といわれるが、実際には天文期(1532~1555年)、里見家の重臣であった上総正木宗家の居城として4代にわたって発展した。その後、1590年に北条氏が豊臣秀吉に滅ぼされ、徳川家康が政権を握ると、里見家を抑えるために徳川四天王の1人である腹心の本多忠勝に10万石を与えて入封させた。
羽田空港上空を旋回していると、窓の外に見えるのはゴルフ場ばかり。たまにはクラブを置いて歴史散策でもいかがだろうか。


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テーマ : レトロを巡る旅
ジャンル : 旅行

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はじめまして^^

私のサイトで
こちらの記事を紹介させて頂きましたので
ご連絡させて頂きました。

紹介記事は
http://blog.livedoor.jp/golfjoho/archives/50124043.html
です。

これからもよろしくお願いいたします^^
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