スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

金沢(ひがし茶屋街)

kanazawa31.jpg

kanazawa32.jpg

ひがし茶屋街の二番丁の通り。文政3年(1820年)、当時の加賀藩は、この近辺に点在していた茶屋を集め、町割りしました。今で言う再開発ですね。天保3年(1832年)に一時廃止されましたが、慶応3年(1867年)に再開され、東新地として再興された、とあります。慶応3年といえば、明治維新の年ではないですか。政治的に不安定だった幕末にあって、薩摩や長州の動きは、百万石の加賀にも伝わっていたでしょう。茶屋を当局の監視下に置いたのは、それと無関係ではなかったような気もします。今では重伝建に指定され、美しい街並みが整備されていますが、ほとんど観光客向けなのがちょっと寂しくもあって。。。

kanazawa33.jpg

kanazawa34.jpg

kanazawa35.jpg

kanazawa36.jpg

ひがし茶屋街にある「志摩」。文政3年(1820年)に建てられた遊郭で、今も当時とほとんどかわらない姿をとどめています、大変貴重な建築物。国重要文化財でもあります。
当時、イチゲンの客は、なかなか座敷に上げてもらえませんでした。何度も通っててやっと座敷に通された客は、床の間を背にして座ります。客から見て正面の控えの間は演舞の場となり、やがて襖が開くと着飾った芸妓さんが優美な舞や三弦などを披露します。べんがらで飾られた壁は色鮮やかで、障子を通して差し込むやわらかい光と調和して、いやしの空間を演出します。当時の人たちは、こんな最高の贅沢を味わえたのですね。

kanazawa37.jpg

kanazawa38.jpg

こうして見ると、花街という中に閉じた世界ゆえ、中と外のコントラストが興味深いです。この空間で芸妓や客は、どんな会話を交わしていたのでしょう。

kanazawa39.jpg

kanazawa40.jpg

ひがし茶屋街から浅野川寄りの小路で見つけた三味線屋さん。ショーウィンドーの中身に引きつけられ、しばらくぼーっと見ていました。
スポンサーサイト

テーマ : レトロを巡る旅
ジャンル : 旅行

コメントの投稿

非公開コメント

カテゴリー
プロフィール

fabio777

Author:fabio777
古民家での晴耕雨読な暮らしに憧れる軟弱な熊谷都民。

月別アーカイブ
ブログ検索
FC2カウンター
原発のない世の中へ!
【署名のお願い】自然エネルギー100%と原発の段階的廃止を実現するため「エネルギー基本計画」を変えよう!
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索
リンク
RSSフィード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。