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七ヶ宿-変化に富む景観を見せる街道筋

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この七ヶ宿という言葉、実に響きがよいと思いませんか。
名前には不思議な力があって、別に「七人の侍」にかけるわけではありませんが、特別な何かがあって選ばれたというニュアンスを感じてしまいます。実のところは、奥州街道の桑折(こおり)宿から、上戸沢、下戸沢、渡瀬、関、滑津、峠田、湯原の7つの宿場を通ることから名づけられたに過ぎないのであって。。。

さて、下戸沢宿はご覧のように茅葺が多く残存していますが、いかにも鄙びた雰囲気は否定できず、この地が宿として賑わっていたことを想像するのは難しいです。かつては、酒を酌み交わして疲れを癒やす旅人たちの明るい声が聞こえてきたのでしょうね。現役の住居として使われていますが、全体に傷みが進んでいるのが気になりました。

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下戸沢宿の裏手の山道を少し登ってみました。村全体がファインダーに収められる場所は見つかりませんでしたが、集落の雰囲気は伝わるのではないかと思います。両側から山が迫ってきているため土地が狭く、わずかな田畑を耕して生計を立ててきたことがうかがえます。旅人にはどのような食事を出していたのでしょう。

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上戸沢宿は、バイパスのすぐ裏手を通っています。下戸沢宿に比べてこじんまりとしています。集落の公民館の前には、「上戸沢宿」と書かれた木製の看板。朽ちかけた鋼板葺の民家が、何かを訴えかけているような気がして、しばし佇んでいました。

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滑津宿。関から湯原までの5宿のうちでは、滑津が最も宿場としての形を残しているように感じられます。でも、過去に火災で多くの民家が焼け落ちてしまい、この見事な風格を醸しだしている茅葺の安藤家住宅は運よく焼け残ったんですね。広い道幅の街道筋に堂々とした姿を見せる安藤家は、格式といい雰囲気のいい、存在感抜群。蔵も立派。
渡瀬や関、湯原の宿も、多かれ少なかれ火災にあっていて、すでに昔の町並みを髣髴とさせる建物はほとんど残されていません。残念なことです。かつて、渡瀬の集落には、入母屋の妻を街道に向けて立つ旅籠「かうじや」の雄姿が見られたはずなのですが、今は活版印刷によるモノクロの写真で当時をしのぶしかありません。

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上は滑津、下は二井宿で見かけた民家。福島県側の滑津と、山形県側の二井宿は、同じ街道であっても、険しい二井宿峠で隔てられているためか、意匠が明らかに違います。具体的な差異を指摘すればきりがないけれど、それより、この雰囲気の違いを見て味わうだけで、街道をめぐるロマンと郷愁みたいなものが沸いてきます。
二井宿から米沢に抜ける道は奥羽の大名たちの参勤交代路として、金山峠から上の山に抜ける道は江戸回送米を東置賜地方から運ぶ重要な輸送路であったそうですから、一部の商人たちを除いて、民衆レベルでの交流は峠に阻まれていたのでしょう。

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■宮城県刈田郡七ヶ宿町■
福島市の伊達町桑折で国道4号から七ヶ宿街道(羽州街道)に入り(または東北自動車道を国見ICで下り)、小坂峠を越えると、上戸沢宿、下戸沢宿へ。国道113号線に入り、やがて七ヶ宿ダムへ。ダム沿いの道を走り切ると、左手に「傾城森」が見え、思わず笑わされる(見ればわかる)。
そして、残りの5宿、渡瀬・関・滑津・峠田・湯原へ。七ヶ宿を過ぎると、道は二手に分かれる。二井宿峠越えの道(国道113号)は二井宿へ、金山峠越えの道(県道13号線:こちらが羽州街道)は楢下宿へと通じ、ともに山形県高畠市街に抜ける。

ルートからは外れるが、鎌先温泉にある「一條旅館」を見ておきたい。木造4階建が圧巻な湯治宿。
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喜多方ー奥会津にれんが蔵が連なる街

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三ツ谷・杉山-れんが蔵と白壁土蔵の対照的な街並み

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喜多方市街の少し北に位置する三ッ谷には、多くのれんが蔵が残されています。今では大型バスを擁して観光客が見学に来るまでになりました。この若菜家はテレビドラマの舞台になったことがあるそうで、今や全国区の観光地という感じです。

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若菜家には、農作業蔵(明治43年)、3階蔵(大正5年)、蔵座敷(大正6年)、味噌蔵(大正10年)の4つの蔵があります。この写真は農作業蔵で、焼き色の違う2種類のれんがを1階と2階で使い分け、アーチ型のエントランスと相まって、近代的なセンスにあふれ、今日に至るまで古臭さをまったく感じさせのせん。
わら加工、脱穀、精米、穀物貯蔵、家畜の食料(干し草)貯蔵などに使われているというのが、ちょっと信じられないような。農作業蔵の右が味噌蔵で、昔から自家生産の大豆を使い、麹と塩だけで仕込んでいるそうです。

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堂々たる構えの、若菜家の3階蔵。れんがの総数は42,500個にのぼり、冠婚葬祭や賄い用の食器類、寝具、長持ち、家財道具などが保管されているそうです。隣接しているのが座敷蔵で、ケヤキを使用し、来客の宿、隠居、会議、茶室などに使われています。

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三ッ谷近郊の旧米沢街道沿いには、れんが蔵が点在していますが、街道を北上していくと、れんが蔵はまったく見られなくなります。
なぜかというと、歴史を紐解けば、明治時代に磐越西線の会津若松-喜多方間の線路建設の際に招聘したドイツ人技師が、この地にれんが工場を建てたのがきっかけで、もともと住宅建材として製造されたものではなかったんですね。当時の棟梁たちは、いろいろな使い方を模索したでしょうが、木軸構造となじみにくく、開口部も大きく取れないなどで、れんが蔵という用途に落ち着いたのかも。

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こちらは杉山集落の蔵。三ッ谷からほど近い位置にあるのに、一転して、兜形の屋根と漆喰壁という意匠です! れんが蔵はひとつもありません。こんなに近いのに、不思議なことです。
それにしても静かです。路地の両側に蔵が立ち並び、商店はおろか自販機すらありません。自給自足に近い生活をしているのでしょう。杉山の蔵の特徴は、白と黒の漆喰が美しく調和した観音開きの扉にあり、こちらの蔵は貯蔵倉です。

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杉山の蔵座敷。貯蔵倉に比べて規模が大きいだけに迫力があります。冠婚葬祭などの際に賓客をもてなすための空間で、蔵座敷の内部は漆で塗り飾られているそうです。
杉山は昔、木炭と笠の原料となったスゲ草の産地だったそうで、そんな話からも、山奥の貧しい寒村だったことがうかがえますね。こんな小さな集落で、賓客をもてなす宴などそう頻繁にあるわけでもないだろうに、そこまで豪華な蔵座敷を作っていたということに、人や地域のつながりを重んじる杉山集落の人たちの気持ちが伝わってくる気がしました。

■福島県喜多方市岩月町三津谷 同入田月■
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喜多方市街から北へ向かう。大峠トンネルに通じる国道121号から、大峠に向かう旧米沢街道への分岐を進む。ほどなく、三ッ谷集落だ。三ッ谷は旧米沢街道から右に入ったあたり。一方、旧米沢街道をさらに北上すると、じきに杉山集落。こちらは左側へと入る。三ツ谷と違って訪れる人もなく、ひっそりとしている。杉山集落は戸数わずか19戸の小さい集落で、集落が終わればすぐ田んぼである。細い道をそのまま進むと、宇留野集落を経て、再び、大峠トンネルに通じる国道121号に出る。近くには、名前のごとくしょっぱい湯で名高い熱塩温泉がある。なお、旧米沢街道を直進しても、大峠は通行止めである。


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米沢-生活空間に息づく茅葺の武家屋敷

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城下町米沢の近郊、米沢興譲館高校からJR南米沢駅にかけての界隈は、かつて武家屋敷街だった地域です。今でもタイムスリップしたかのような一角が各所に点在しています。
たいてい、武家屋敷は文化財としての保存対象であって、このように日常生活の場として都市部近郊の景観に溶け込んでいるケースは多くはないと思います。いかにも生活臭に満ちているのに引力を感じ、足が自然に引きつけられていきました。

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ブルーシートによる簡易車庫とか、後から付け足した増築部分などが、伝統的な茅葺屋根住宅と日常生活の何ともアンバランスな印象を与えます。昭和30~40年代、このような光景は日本各地に見られたことでしょう。近くには、無人化して朽ち果てた民家も散在していました。これらの武家屋敷がそういう運命をたどらないことを祈るばかりです。

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武家屋敷街は表通りから奥に入ったところにあります。写真を撮っていたら、「米沢には他にもっといいところがあるだろうに、どうしてこんなところ撮っているのか?」と電気工事屋のお兄さんに尋ねられた。確かに観光客が来るところではありませんが、人知れず佇んでいるところがいかにも通好みというか。。。質実剛健で飾りりっ気のない茅葺住宅。武家の生活は貧しく、住居の裏に広がる畑で農作物を栽培していたそうで、それは現在も基本的に変わっていないように感じます。

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米沢から白布峠に向かう途中で見た、曲がり屋の農家。質素な武家屋敷とは対照的にどっしりとした重厚な構えで、規模も大きく、背景の山々と見事に溶け込んでいます。まさに里山の風景です。

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白布温泉は、「奥羽三高湯」のひとつに数えられ、山形・福島県境の険しい山中に開かれた秘湯です。白布温泉は峠の山形寄りに位置し、かつては西屋・東屋・中屋という3軒の茅葺屋根の旅館が並んでいましたが、2000年に火災により東屋と中屋が消失し、西屋だけになってしまいました。10年前に通ったときは、その勇姿をこの目で見ることができたのに。。。写真は撮らなかったのですが、今でもその風景を思い出せるような気がします。2年前に来たときには無残な更地になっていましたが、現在は東屋は近代的な旅館として再建されています。

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■山形県米沢市芳泉町~南原石垣町■
米沢市街から米沢猪苗代線(主要地方道2号)で南下すると、数分で米沢講譲館高校に出る。武家屋敷群は、その背後に点在している。目印はないので、注意深く走らないと見過ごしてしまう。
さらに南下し、船坂峠を越え、山中の道をひたすら走り続けると、やがて白布温泉に出る。白布温泉で熱い湯を浴びた後は、いよいよ白布峠越えである。米沢猪苗代線の西側を併走する大峠経由の国道112号線は、大峠トンネルの開通によって、冬季の通行がはじめて可能になったが(旧道の大峠は現在は閉鎖されている)、白布峠は今でも険しい難所で、急勾配のヘアピンカーブがこれでもかとばかりに続く。訪れたときは、激しい濃霧で10メートル先の視界も確保できなかった(晴れていれば抜群の眺望が得られる)。やっとのこと平地に降りると、そこには裏磐梯の高原とペンション群が広がっていた。

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田麦俣-消え行く月山麓の多層民家

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多層民家として有名な田麦俣も、今は2軒を残すのみ。手前(左側)の住居が民宿、奥(右側)の住居が見学用、脇にある小さい茅葺は、御手洗いです。
民宿のおかみさん曰く、「昔は、このあたりの民家はすべて、ウチらみたいな茅葺だったけれど、今はもう、たったこれだけになってしまいました」(東北弁→標準語に変換)。
いただいた資料によると、いずれも江戸文政年間の築で、当初は寄棟でしたが、明治に入って養蚕が盛んになり、かぶと型の屋根に改造されました。1階が住居用、2階が下男の住居兼作業場・物置、3階が養蚕作業のための作業のための厨子、さらにその上に天井厨子があります。
4層構造です!

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「旧遠藤家住宅」に入ってみました。当日、雨だった天候条件を差し引いても、内部は暗く、人工照明なしに暮らすことはできそうにありません。2階、3階に上がり、妻側の障子窓を開けると、多少、圧迫感から開放された気分になります。
5m近い豪雪に閉ざされ、ここで一冬を過ごすことを考えると、大変な忍耐が必要かも。雪解けの季節の訪れを感じる時の感動は、いかばかりかと思いますね。
2年連続の豪雪で、5月というのに、根雪となった残雪に囲まれています。この屋根に数メートルの雪が積もったら、雪下ろしなどまず不可能。雪の重みに耐える骨組みを作る以外にありません。この多層民家は、豪雪地で生き抜く術を身に着けた先人たちの知恵の結晶なのでしょう。

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旧遠藤家の3階は養蚕に用いられていました。煤けて黒ずんだ、合掌造のようにダイナミックで頑丈な骨組。

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そり。今でも現役で動かせそうなくらい、精巧にできています。

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■山形県東田川郡朝日村大字田麦俣字七つ滝■
国道112号(月山道路)で月山を目指す。現在は山形自動車道の未開通区間は月山-庄内あさひ間を残すのみとなっており、山形方面からは月山まで高速で一本である。だが、神秘の山、月山はやはり、一般道を行くのがよい(といっても自動車専用道路並みに整備されている)。
竣工した月山ダムを超えると、やがて田麦俣への分岐の表示が出る。この道こそ、かつての六十里越街道である。田麦俣は街道の宿場でもあった。狭い急な坂道を一気に降りていくと、やがて斜面にへばりつくように立っている2軒の多層民家が見えてくる。

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Author:fabio777
古民家での晴耕雨読な暮らしに憧れる軟弱な熊谷都民。

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