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鳥居本-赤玉神教丸と合羽を生んだ中山道の宿

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東海道新幹線の米原駅からほど近く、米原に停車しない「のぞみ」や「ひかり」が数分おきに轟音とともに飛び去っていく以外は、本当に静かで落ち着いた宿です。宿内の専宗寺は聖徳太子ゆかりの寺で、石碑が立っています。湖東地方は秦氏の勢力範囲だったため、聖徳太子と関係が深い寺院が多く点在しています。町屋は厨子二階で卯達を持ち、近江地方の民家の特徴として建具など木部を赤く塗った家が多いです。
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鳥居本には、赤玉神教丸の製造販売元である有川製薬があります。宿の東側の端にあり、入母屋の表構えはたいそう立派ですが、それも梁間8間という大きさから納得できます。何度も増改築を繰り返した結果でしょうか、何重にも屋根が重なった妻壁は、「八棟作り」と呼ばれるほど変化に富んでいます。明治天皇が御休止されたとの石碑も残されています。
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赤玉神教丸は、腹痛、下痢止めの薬として、記録によれば少なくとも万治元年(1658年)から製造していたとされ、参勤交代の大名ご一行も道中で重宝していたことでしょう。ちなみに、この珍妙な名称は、赤い小粒の丸薬であることと、延命長寿の神様として信仰されていた高宮の多賀大社の神教に由来しています。有栖川宮の御用係を勤めていたことから、有川姓を名乗るようになったとか。
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木曽路名所図会という江戸時代の文献にも取り上げられ、今もそのコピーが店舗の入口脇に張られています。神教丸と書かれた暖簾の前で主人が商談をしています。近江には富山とともに薬屋さんが多いですね。
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鳥居本のもうひとつの名産が、長旅に欠かせない合羽。和紙に荏の油と柿渋を塗布したものらしいですが、一体どれほどの防水性があったのでしょうか。今でも合羽の形をした看板がぶら下がっています。
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近江鉄道鳥居本駅
湖東地方をトコトコ走る二両編成の私鉄の背後を、時速300km近いスピードで新幹線が駆け抜けていきます。鳥居本駅は、1931年に米原-彦根間が最初に開業したときに建てられた洋風建築。いたって簡素な骨組で、建具もオリジナルの木製のままですが、今も現役。東海道新幹線と国道8号線にはさまれて、鳥居本宿の今昔を見守ってきました。
近江鉄道は、滋賀県の米原を起点とし、八日市で近江八幡方面と貴生川方面に分かれます。明治29年、近江商人の出資により、お伊勢参りの街道に沿って計画され、建設が始まりました。近江商人の大きなモットーは商いで得た利益を地域へ還元することであり、鉄道建設という大事業もそのフィロソフィーから当然のことでしたが、その経営は昔も今も決して楽ではありません。西武鉄道の創始者、堤康次郎氏は沿線の豊郷に近い秦荘の出身で、生家も残されています。昭和18年にはその堤氏が経営を引き受け、現在は西武鉄道の傘下にはいっています。今も西武鉄道払い下げの黄色の車両が走っていて、事情を知らない人は目を疑うかもしれません。

■滋賀県彦根市鳥居本町■
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東名高速を米原ICで下り、国道8号線を京都方面に向かう。JR米原駅前を過ぎると、やがて鳥居本の表示が出る。向かって右側に近江鉄道鳥居本駅の洋風駅舎があり、そこを左折すると、すぐ鳥居本宿である。近江鉄道は地元ではガチャコン電車として親しまれ、米原駅から1つ目の駅が鳥居本である。かつては35軒の旅籠屋が並び、にぎわった。
宿内には、彦根から安土、近江八幡を通って野洲で中山道と再び合流する彦根道との分岐がある。この道は江戸に向かう朝鮮通信使が通ったことから、朝鮮人街道とも呼ばれている。

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祇園-僧侶と舞妓が似合う花見小路

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■京都市東山区祇園町■
京阪電車の四条駅下車。烏丸から四条大橋で鴨川を渡り八坂神社前に出る四条通の南北に広がる、言わずと知れた京都を代表する一画。写真は花見小路通で、両側には料理屋がぎっしりと軒を連ねている。昼間よりも、どちらかというと夜に訪れたい場所。変な意味ではなく、照らされた格子戸や瓦屋根の連なりが、陰影となって夜空をバックに浮き上がって見える。通り全体が美術工芸品のようである。もともと八坂神社の門前町として栄えた街で、朝早かったため舞妓はんには会えなかったが、近くの建仁寺のお坊さんが二人、白い息を吐きながら歩いていた。

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鞍馬-鞍馬天狗を生んだ洛北の火祭りの里

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重要文化財に指定されている滝沢家住宅「匠斉庵」。宝暦10年(1710年)の築というから、江戸時代中期です。屋根はもともと板葺きでしたが、2階屋根と卯建は瓦葺に葺き替えられています。
鞍馬は炭焼きの伝統があり、この家も数ある炭焼問屋だったのでしょう。炭焼きのために広い土間が必要だったため、二間を通し土間としています。土間には石組のだるま式井戸と、土と縄でくみ上げ漆喰で上塗りした句土(くど)があります。右側には、木の芽煮本舗の「辻井」が連続しています。山椒の実と北海道利尻産の昆布を混ぜて長時間かけて煮た京佃煮で、昆布を用いていることからも、幅広い交易が行われていたことをうかがわせます。

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鞍馬川に沿って山あいの街道沿いに続く鞍馬の集落。もともと鞍馬寺の門前町であると同時に、京都から丹後、若狭へと抜ける鞍馬(若狭)街道にあって、さまざまな物資の集積地として栄えていました。中でも、鞍馬炭は京の都でも愛用されていました。
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鞍馬寺。鞍馬弘教の総本山で、宇宙の大霊(尊天)を本尊としています。宝亀元年(西暦770年)に鑑真和上の高弟鑑禎上人が毘沙門天を祀る草庵をたて、延暦15年(西暦796年)に藤原伊勢人が都の北方鎮護の寺として伽藍を建立したと書かれています。
急な傾斜面に立ち、仁王門から本殿まで九十九折の階段が続いています。門前には土産物屋が並び、活気がある。仁王門の左側には僧房がある。木造4階建の切妻で、見上げるような大きさ(下の写真右の右上に、屋根だけが映っています)
松明を持って街道を練り歩く、鞍馬の火祭りで有名な由岐神社は、鞍馬寺のすぐ近く。初詣のとき、貴船神社にはシャトルバスでハシゴできます。

■京都市左京区鞍馬本町■
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世界遺産に登録された上賀茂神社のある上賀茂から鞍馬街道(県道40号線)を北上する。鉄道では京阪電車の終点である出町柳駅から叡山鞍馬線で宝ヶ池を経て終点が鞍馬駅。

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牛若丸(源義経)はまだ1歳のとき、平治の乱で平家に敗れた敗れた源義朝の子として平家に捕らえられ、後に鞍馬に送られ、7歳から10年にわたり、学問と武芸の鍛錬にいそしんだ。その義経に武芸を仕込んだのが天狗僧であったわけで、鞍馬天狗の名はあまりにも有名。

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室津-大名行列、南蛮船、朝鮮通信使が交錯した港町

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瀬戸内海に面した海岸線を縫うように走る国道250号線から室津港へと下る坂道に入ると、クルマがすれ違うのもやっとという狭い道の両側に、重厚な板張りの伝統的な民家が軒を連ねています。いかにも保存しています、というのではなく、ごく自然な雰囲気で、生活感の中で町並みが整えられているのに好感が持てます。津和野や萩のような全国区と違い、いかにも通好みといった趣で、観光地化されていない分だけ、静かで落ち着いた佇まいに浸ることができます。
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写真は診療所で、看板は引っ込んだ位置にあり、遠くからは見えません。看板という物体が町並みに与える影響の大きさを改めて実感します。
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「室津民俗館」。屋号を「魚屋」といい、江戸時代に帯刀を許された、姫路藩御用達の旧豪商であった「豊野」家の建物です。部屋数23、総畳数168畳と、かなり規模の大きい町家です。1階入口の吊上げ式二重戸、1階裏側の隠し階段、貴人専用の御成門、2階土間上の虫篭窓など、いろいろな工夫がされています。
室津の歴史は古く、瀬戸内海の宿駅として大いに栄えていました。大名の参勤交代の際の乗船拠点として、廻船問屋の活動拠点として、また朝鮮国王の親書を日本の将軍に持参した朝鮮通信使の寄港地として。瀬戸内を通る船は必ず室津に寄港していたのでしょう。
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「室津海駅館」。江戸後期に、廻船問屋として活躍した豪商「嶋屋」家の建物で、ここには、オランダ人の目で「ムロの港」を描いた絵が掲載されたケンベル著『日本誌』や、参勤交代の際に大名ご一行様が宿泊した本陣「肥後旅館」の模型も展示されています。肥後旅館は、昭和40年代に、老朽化で屋根が崩れ落ち、そのまま解体されてしまったそうです。朝鮮通信使や大名に振舞われた料理が再現され、館内で味わうことができます。
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今も現役の漁港として、多くの漁師たちが海に出て行きます。海沿いの細い通りには、漁船を建造したり修理したりする小さなドックがあります。10気筒はありそうな中型船用のディーゼルエンジンが整備されてましいた。かつては、同じ場所に廻船用のドックがあり、船大工たちが腕を振るっていたのでしょう。板張りの町並みが続く中、急にこんな光景に出くわすのも、室津ならでは。
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かつて大名行列で賑わっていたことがまったく想像できない、静かな通り。天然の良港とはいえ、山が海岸に迫り平坦な土地は少なく、当時はさぞ人口密度が高かったことでしょう。一軒の家の前で、ふと足が止まりました。出格子の内側には、生けられた花などとともに、大きく引き伸ばされたおばあちゃんの写真がさりげなく飾られていました。仲良しだった近所の人たちに今も素敵な笑顔を振りまいています。

■兵庫県たつの市御津町室津■
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兵庫県姫路市内から姫路港に向かい、国道250号線に入り、播州赤穂方面を目指す。途中、世界の梅公園を通る。山陽電鉄網干駅前を通過し、海沿いを道なりに進んでいくと、ほどなく室津に着く。町内は道が狭く、クルマを止められる場所は、漁港に沿って集落をずっと進んだ奥にある、賀茂神社手前の駐車場しかない。
この賀茂神社はたいそう由緒ある社である。桧皮葺の壮大な外観は、三軒社流造りと呼ばれ、国の重要文化財に指定されている。

このあたりは蛎の名産地で、国道250号線を相生方面に向かう途中、漁師の店があり、とびきりの蛎づくしの食事がとても美味しい。

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龍野-醤油業と武家屋敷が織り成すモノクロームの世界

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揖保川沿いの静かな城下町、龍野。風土記の昔には「日下部の里」と呼ばれていたとか。
龍野と言えば、うすくち醤油ですね。市内中心部の揖保川のほとりには、天正年間(1580年頃)創業の、ヒガシマル醤油の工場がそびえています。揖保川の清流、赤穂の塩、播磨平野の小麦、質のよい大豆が、醤油文化をもたらしました。町全体が、城下町の雰囲気であふれています。静かで落ち着いた佇まい。龍野の街並みとして、旅行雑誌などで取り上げられることが多い、お決まりのアングルです。醤油蔵の板塀に囲まれた狭い路地の向こうに、如来寺がうかがえます。
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ヒガシマル醤油第二工場。純白の白壁と板壁のコントラストが美しく、龍野の街並み全体を司る印象的な景観コードとなっています。揖保川河畔の本社工場が完成して久しい今なお、操業を続けています。
それにしても、各地を旅していると、現役で使われている古い伝統的な建物は、酒や醤油などの「醸造」系が突出しています。ものには、それがつくられるのに適した環境というものがあって、醸造は、発酵という自然現象を利用した伝統的なものづくりゆえ、杜氏によって仕込まれてきた知恵や技術を受け継いでいく上で、建物も古いまま使用され続ける条件が整ったのでしょう。同じ醤油の町でも、東の野田(千葉県)には、近代化ブームで建てられた多くの洋風建築がなお散見されるのに対して、龍野にはほとんど見当たりません。
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龍野はしばしば小京都と呼ばれています。小京都という言葉で飾られる街は全国各地にあるけれど、京都のミニチュアであることが常によいとは限らないわけで、龍野の街は、京の華やかさとは違い、城下町としての素朴さ、質実さを感じさせます。町並みとしてのまとまり性が素晴らしく、街全体があたかも箱庭のように保たれています。
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市内で配布している街並みパンフレットには、龍野の伝統的建造物群を構成する民家38軒の築年、特徴などが一軒ずつ、詳しく書かれていて、おそらく学術的価値も高いのでは。さりげない日常生活の礎に、先人たちが築いてきた街並みへの愛着や尊敬が根付いているのでしょう。

■兵庫県たつの市■
平成の大合併で、龍野市から変更となった。
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姫路市内から龍野に向かう。国道2号姫路バイパス太子東ICまたは福田ランプで国道179号線に入り、林田川を越えると、じきに龍野の市街に入る市の中心は、やはりヒガシマル醤油。うすくち龍野醤油資料館として公開されている(入場料10円)。また、三木露風や国木田独歩といった作家、哲学者とゆかりが深い地でもある。そうめん「揖保の糸」も有名。
龍野は、周囲を田園地帯に囲まれている。農家はほとんどが伝統的な板張り外壁である。関東圏では、屋敷森や蔵などはそのままに、主家だけハウスメーカーの住宅に建て替えられるといった残念な現象が珍しくなくなりつつあるが、龍野ではありえないことだ。

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Author:fabio777
古民家での晴耕雨読な暮らしに憧れる軟弱な熊谷都民。

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