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ご冥福をお祈りいたします

サッカー元日本代表の松田直樹選手が今日、亡くなられました。

松本山雅FCの練習中、ランニング後に「やばい」とつぶやいて倒れ、それっきり意識が戻ることはなかったそうです。

享年34歳。
あまりにも早すぎます。
あまりに突然すぎて、現実を受け入れられないというのが正直なところではないでしょうか。

ご遺族、横浜マリノスや松本山雅のチーム関係者・選手の皆さん、Jリーグで対戦した選手の皆さん、JリーグやJFLのサポーターはじめ、日本代表で応援していた皆さん、本当に信じられないという思いでいっぱいでしょう。

あのガッツあふれる豪快なスライディングタックル、ゴール前での勝負強さがもう見られないと思うと、一サッカーファンとしてとてつもない喪失感、虚脱感に襲われます。
心よりご冥福をお祈りいたします。

合掌




それにしても。

死って、こんなにもあっけないものなのか。。。
こんなのって、ありか。。。
せめて、家族やチームメイトに残す言葉くらい、伝えさせてあげてもよかったんじゃないか。。。
あまりにも残酷ではないか。。。

高校の時、野球部で熱血監督を務める若手の体育教師が言っていた。
「オレは学生の頃、海の家で監視のバイトをしていた。
ついさっきまで元気にはしゃいでいた海水浴客が、ちょっと姿が見えなくなったと思ったら、海の中に沈んでいて、すぐに浜に引き揚げたけど溺れ死んでいた。
そんなことが何度かあった。
いいか、人間なんて本当にあっけなく死んでしまうものなんだ。よく覚えておけ」


その時は、ふーんとしか思わなかった。
多少の年月を経てきた今は、それが痛いほどよくわかる。
山でも、ついさっきまで元気に稜線を歩いていた登山者が、浮石を踏み外した次の瞬間、何百メートルも下の奈落の底に一気に転落し、動かなくなってしまう。
自分自身、あやうく、落ちかけたことが何度かある。

でも、海にしろ山にしろ、「危ない」ということを意識して防御ができる。
何でもない時に急にやって来たら、防御のしようもない。

松田さん自身が一番、こんなことってあるかよと思っているに違いない。


人の「魂」は、どこに行くのだろう。
そんなことをふと、考える。

今も、何かを伝えたいと思っているに違いない。
何時間かかっても伝えきれない、いろいろなことを、ひたすら、伝えようとしているに違いない。
声で発することはもうできないけど、空の上から、目に見えない形で。
聞こえる人には聞こえる、のだろうと思う。そう信じたい。




中村俊輔 スコットランドからの喝采

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実は、何を隠そう、大のサッカーファンです。特にシュンスケの大ファンです。
この7月、スコットランドのセルティックから古巣の横浜マリノスへの復帰がほぼ決まりかけていたところに、急転直下、スペインのリーガエスパニョーラの中堅クラブ、エスパニョールへの移籍が決まったことは記憶に新しいですね。合宿でがんばっている様子をニュースで見るたびに、新天地での活躍に胸が高まります。その練習熱心さと謙虚さは、チームの同僚たちや現地の人たちには驚きを持って見られているようですね。

さて、そんな日本人シュンスケを追い続けた、スコットランド人の記者によるレポートが本書です。本場ヨーロッパ人の目に、東洋からやってきた優男はどのように映っていたのでしょうか。多少は辛らつななことも書いてあるかと思ったら、全編を賛辞の嵐が覆っています。ちょっと「ヨイショ」すぎないか、と思えるくらいです。ただ一点、「英語があまりうまくない」なことを除いては。。。

イタリアのレッジーナに移籍したときから、シュンスケはすでに知られた存在だったけれど、シュンスケの名声は、2006年のチャンピオンズリーグ、マンチェスターユナイテッド戦で決めた伝説のフリーキックで、不動にものになったようです。
You Tubeでは、今もあのフリーキックを繰り返し、見ることができますが、あのうっとりするような弾道は、何度見ても飽きることがありません。静かにボールを置き、助走をつけて、身体を大きくねじってボールをこすりあげるように浮かせると、大男たちが居並ぶ壁を越えて、身長190cmの名手ファン・デル・サールの指先をかすめ、ネットに吸い込まれていきます。次の瞬間、スタジアムの割れるような歓声、そして、あの「ジャパニーズボーイ~!」という絶叫マシンのようなアナウンサーの声。
それくらい、あのフリーキックが与えた衝撃は大きかったことを、いろいろな方の証言を元に、明らかにしています。これは同じ日本人として、誇りに思えることですね。

この本では、サッカー自体の戦術的な、技術的な話はあまりなくて、サッカーというビジネスにおいてシュンスケが果たした役割を客観的に紐解こうというスタンスみたいです。一読すると、いかにサッカーが一スポーツではなく、最先端のビジネスであることを改めて知ることができます。選手たちは商品というより、サッカービジネスを最先端で演出するビジネスマン、映画産業における俳優のような存在なんですね。でも、サッカーはおそらく映画業界よりも大きいお金を動かしているでしょう。レアルマドリードの補強など、天文学的な数字ですよね。

【CONTENTS】
第1章 世界中を駆け巡ったシュート/第2章 中村俊輔とは何者なのか?/第3章 ケーキのデコレーション─さらなる賛辞/第4章 グラスゴーの五人組/第5章 スコットランドと日本の架け橋になった男/第6章 セリエA、最下位チームでの苦難/第7章 「ナカムラ」ブランドの威力/第8章 レノン、トミー、そして三シーズン連続優勝

個人的には、レッジーナ移籍のときも「えー」でしたが、セルティック移籍のときも「えー」でした。地中海の太陽がさんさんと輝く南イタリアの田舎町レッジョ・ディ・カラブリアは、横浜マリノスのイメージが染み込んだシュンスケにはあまり似合わなかったな。そして、いつも厚い雲に覆われているグラスゴーのセルティックへの移籍は、あれスペインに行きたかったんじゃなかったの?、そんな寒いところで怪我しちゃったらどうするの?と心配させるものでした。

同じヨーロッパでも、対照的な地域。そこで短いとはいえない月日を過ごしたシュンスケに、その街並みはどう映っていたのかな。聞いてみたい気がします。本人はサッカー漬けで、街並みなんてどうでもよかったかもしれないけど。でも、スタジアムを出て、街の中で、ホームチームがどう人々の生活に根付いているのか、街並み探索と関連づけて歩いて回るというのは、とても楽しいのではないかと思います。カネとヒマが無限にあればの話ですけれど。

シュンスケのおかげで、スコットランドの地理にも多少詳しくなりました。スコットランドといえばグラスゴーとエジンバラしか知りませんでしたが、ダンディー、アバディーン、それにネス湖のあるインヴァネスなど、地図で見ると、シュンスケはここでボールを蹴って走っていたんだな、という実感が沸いてきます。

結局、レッジョ・ディ・カラブリアにも、グラスゴーにも行けずに、主賓はスペインに行ってしまいました。あのバルセロナです。
今度こそは、生シュンスケを見に、そしてガウディの遺産を見に、バルセロナに行かなくては。。。
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fabio777

Author:fabio777
古民家での晴耕雨読な暮らしに憧れる軟弱な熊谷都民。

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